#2

 パパが悩みに悩んで見繕っては丁寧に誂えてくれたドレスを剥ぎ取られた私は、作業台の上でジャックに頭を掴まれる。


 そのまま首を引き抜こうと力を込めたジャックはぐぬぬ……と歯を食いしばると、今にも頭と体を繋ぐ架け橋が千切れそうなほどキリキリと熱く痛む。


『痛い……っ!!』


 固定された体に力を込めるも無情な固定器具は頑強で、私如きの非力さではピクリとも動かない。


「おいジャック、丁寧に扱え!これはそんじょそこらの人形と訳が違うんだぞッ」


 怒りと焦りを混ぜ込んだドネークの声が凛と室内の壁を伝ってこだまし、ジャックは肩をビクつかせる。


 普段の穏やかな口調からは想像できない罵声で空気が張り詰めたのを察知したピエロは、器用に片眉を上げて咳払いを一つすると、「そのまま着色してくれれば良いのさ」と何事もなかったように笑った。


「あ、あぁ……そうするよ。……ところで、なんで瞳の色を変えるんだい?」


 ゴリラが顔を強張らせながら作った笑顔で尋ねると、ドネークは懐から煙草を一本取り出して口に咥える。


 鈍い銀色のオイルライターのケースを親指で弾いて開き、ザラザラと鋸歯状に並んだ歯車をジリリと回した彼は、静かに揺らぐ火を紙に焚き付けた。


 立ち上る煙が空間に絵を描くように流れ、紫煙特有の焦げた芳香が「彼女は悪役だからねぇ」と笑うピエロの口から漏れる。


「悪役……こんな別嬪さんを?」

「あぁ、美しいからこその悪役……ペアドールとはいえ、君は自分とよく似た容姿の相手を好きになるかい?」


 ふぅ……と吐き出された煙が白の尾鰭を引いて泳ぐ様子を眺めながら、私は今にも飛び出しそうなほど騒ぐ鼓動に乗せられて耳を欹てた。


「あらすじはこうだ──王族同士で婚約している王子様と悪役令嬢は、名前ばかりの婚約で2人の関係は冷めていた。そんなある日、王子が街に出ると、平民の娘であるヒロインに出会う」


 きっと王子はオルカ、その婚約者の悪役令嬢は、私。


 ──『お揃いの金髪にお揃いの碧い瞳……各々が主役級の美しさを持ちながらも、お互いを支え合うペアドールとして生きてゆくのだよ』


 フィリットの幸せそうな言葉が耳の奥で反芻すると、私は懐かしい老人の顔が恋しくて唇を噛む。


「最近流行りの恋愛系か?だったら尚更ペアドールとして恋人にしてやればいいのに」


 ふーんと腕を組むジャックはジェスチャーでドネークに煙草を1本強請ると、「分かってないなぁ〜」と笑うピエロは、煙草の箱とライターで放物線を描いて投げ寄越す。


「平民が貴族と恋に落ちてハッピーエンドってのは、一種の憧れの反映さ!……確かに貴族の観客も多いが、箱の大半を占めているのは民衆に他なるまい。だからこそ、平民が好みそうな作品を産み出す──違うか?」

「まぁ……確かにそうかもな」

「だろう?……金髪は王族の証としてそのまま残すとしても、同じ瞳の色じゃぁ家族みたいに見えちゃうでしょ?だ・か・ら、腕の良い君に、この仕事をどうしてもお願いしたくてねぇ……あの頑固爺さんじゃあ聞いてくれないだろうから」


 ──何という屈辱……っ!


 人間は姑息な生き物だ。


 自分の利害のためなら、パパが魂を削って命を吹き込んだ傀儡の運命を、いとも簡単に捻じ曲げるとでも言うのか。


 怒りに震える私と視線が交わったゴリラは、「俺を恨むなよぉ」と苦々しく嘲笑って片目ルーペを掛けて私を覗き込む。


 ヤニ臭い匂いに包まれた私の抵抗も虚しく、映る視界は見事なまでに鮮やかな薔薇色へ生まれ変わり、ちっぽけな人形は言葉にもならない声で泣き喚いた。

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