Audience
#1
昼も夜も無い暗闇に苛まされた私達が日の目を見たのは、パパの元を離れてから一週間後の事だった。
蚕から繭を剥ぎ取るみたいに丁寧に取り出された私達が見たのは、美麗な人形が山程並ぶ豪勢で異様な空間。
──眩しい……。
煌めくシャンデリアと大人の腰ほどの高さに設けられた小窓から注ぐ突然の明るさに目が眩む私達のぼやけた視界は、紫のスーツを着た腹黒ピエロと見知らぬ大柄な男の影を捉える。
「ドネーク、見事な上玉を持ってきたなぁ……薔薇の香りにこの刻印……あの老人か?」
ザラザラと耳につく声の太々しい髭面の男は、ゴツゴツとした手で私を摘み上げると、スンスンと鼻をひくつかせながら左足首に刻まれたパパの刻印を撫でて口の端を持ち上げた。
「そうだよ。なんでも最近、孫が死んだかなんかで商品を作ってないと風の噂を聞いてたから、そう期待はしてなかったんだけれどねぇ〜」
紫のジャケットを脱いで丁寧にハンガーに掛けたドネークは、「とんだ儲けだったよ」とクツクツと笑い声を溢す。
「いいかジャック、この人形は彼の作品の中でも、後世に伝わる程の美品だ……まるで魂が籠ってるソレを手に入れるためなら、いくら積んでも構わないと思ったのさ!」
「へぇ……そこまでドネークが入れ込むなんて、な……。じゃあ、もう劇の構想はできてるのか?」
不思議そうな表情のジャックは、フィリットのショーケースのゴリラにそっくりだわ──そんな失礼な事を考える私に顔を近付けて眺めた彼は、私の右手に繋がる糸を引いて「ハイ、ダーリン?」と戯けて繕った声を出し、白けた様子のピエロに合図を送る。
「……君がやると美しさが半減するよ」
うえっと吐き出すような動作で舌を出したドネークは、カッターシャツのポケットから取り出した小さな手帳を開くと、勿体ぶって「まあね」と目を細めた。
「今回はハッピーエンドにしようと思うんだ……その為の準備として、修繕係のジャック君にちょいと頼みたい事があって」
糸のように細い視線を眼窩に浮かべた彼は、トントン……ッと人差し指で自分の目尻を指し示すように優しく叩く。
「君が持っている彼女だけ、瞳の色を赤色に変えて欲しいんだ」
──『……ドネークには気を付けなさい。アイツは確かに切れ者だが、金の為ならどんな手をも惜しまない奴だ……』
なんの躊躇いもなく言い放たれたその声にババの言葉を思い出した私は、ひやりと背筋が凍るのを感じた。
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