第52話『脱出』

「キヌ……あなたは、今まで……どこへ行っていたの……?」

「ひぃぃ……そのえっとあの、色々トラブルがありましてぇ……」


 静かで冷たい声。

 その声は、林冠に張り付くようにこちらを見下ろす大蜘蛛の魔獣が発していた。


「でっか……!? 俺今からアレに交渉しなくちゃいけないのか……!?」


 こっそりと、アフエラと話し合っていたことがある。

 それは、最高権力者に話を聞いてもらい、ある程度の条件を飲み混む覚悟で解放してもらうことだ。


〔行かなければ他に策はありません。最終手段として強行突破がありますけど〕

「ぐっ……そうだよなぁ……」


 エルダーとキヌさんによる質疑応答の中、そっと歩出る。


「あ、さっきのおにーちゃん!」

「セトラ……出てきて大丈夫?」

「人間さーん!」


 子供達が騒いでしまったため、その場の蜘蛛人族の視線が全て集まった。


「なっ!? 人間がなぜここに!?」

「捕えろ! 脱走してしまったようだ!」

「誰かもう一人の方も見に行け!」


 できれば最初の目撃者はエルダーがよかったなぁ!


「——待て。」


 その一言で、この場の誰もが静まり返った。

 そ、そんな怖いのか、エルダーって……!


「その人間……羽織っている物を脱いで……」

「え、あ、おう……」


 お、俺のシジミの殻……! いや、従おう。

 これから俺はアイリスとこの集落から出してもらうことをお願いするのだ。

 人に何かを乞う時は、その前に極限まで指示に従うのだ。

 骸灰の衣を脱ぎ、畳んで地面に置くと、エルダーと呼ばれた大蜘蛛は、ゆっくりと降りてきた。

 八つの目が俺の全身をじっくりと見回す。

 やばい……武器とか隠し忘れた。

 エルダーはほんの少しだけ後退りをし、口をもごもごとしてこう言った。


「……ありえない……」

「な、何がでしょう」


 八つもある眼は、どこを向いているかはハッキリとしないが、腰のあたりに視線があるように感じた。


「……銃……」

「おっと……もしかして……転生者?」


 この世界何人いるんだ転生者。

 いや、この際細かいことはどうだっていい。

 話が通りやすそうで何よりだ。


「……どこの国の者……?」

「日本です。あなたは……?」

「イタリア……」


 外国のお方でしたか。言葉が繋がる世界で助かった。

 それにしてもイタリア……ピザとかパスタとかしか覚えてないな。


「……さて、日本人……。私に……用があるのね……。言ってみなさい……」


 印象は……悪くなさそうか? 日本人に悪い偏見を持ってなければいいけど。


「要件だけを言うなら、この森から外に出して欲しいんです」

「ならぬ……と、普段なら……言っていたわ。……先ずは……事情を、聞かせて……」


 なんだか反応が良さそうだ。

 周りで傍聴している蜘蛛人族も黙って聞いてはいるが、とても驚いている。

 深呼吸をした俺は、真剣な表情で言う。


「俺は……と言うか俺たちは、隣国に移動するためにこの森を通りました。おかしいなとは思っていましたが、蜘蛛の糸をかき分けて進んだ結果、捕まってしまいました」

「なぜ、この森を……? 人間、ならば……馬車に乗っても……よかったでしょう?」

「あ、……その……募金にお金を全部注ぎ込んでしまいまして……! 歩いていける距離だと思っていたもんで、馬車代を考えずに行動してしまい、馬車には乗れませんでした」

「……そう……流石……」


 さ、流石? もしかして日本人って海外から舐められてるのか!?

 くっ……海外の人なんてネットでしか出会わないからどうなのか全くわからん……!


「……流石、日本人……。あの人に……似ている……」

「あの人……とは?」

「過疎ゲーにいた、……日本人。グラフィックだけの……クソゲーにいた、日本人。……頑張って、イタリア語で助けてくれた……。……このゲームに、ダッシュはない……って」


 移動手段にダッシュが無いだと!?


「……ジャンプも……無い、って」


 グラフィックの良さが売りなのにそんな貧弱な移動手段だったのか!? どんなゲームなのかにもよるがクソゲー間違いなしである。


「……私に教えていたら……バッテリー切れ……セーブできずに……消えていった」


 悲しすぎる。


「……恩返し……。この里から出ても……いい」

「——大老様!!」


 エルダーのその発言に、周りの蜘蛛人族が反発するように声を上げる。


「……しかし、条件が……ある。……呑む、かな……?」

「呑みます」


 そう酷いことは無いだろう。


「そう……。じゃあ、サテン……もう一人も……連れてきて……」

「……了解しました」


 渋々と言った表情でサテンはアイリスのいる方へ消えてゆく。

 数分後、へその高さで腕もろとも縛り上げられているアイリスが、その糸の端を持っていたサテンを引きずって爆走してきた。


「セトラさ〜ん!!」

「アイリス止まれ。サテンさんが、その……大変だ」


 木々の間をヒョイヒョイと縫うように走ってきたのだろう。引きずられたサテンさんは、すれ違う木という木にぶつかっていたのだろう。

 ピクピク痙攣している。


「きさ……ま……。絶対にゆるさ——」

「セトラさんセトラさん! やっと会えましたぁ〜! あー……成分が満たされていく……!」

「話を……聞……」


 最後まで言い終わる事なくサテンさんは気を失った。なーにやってんだ。


「【エアロ・スラスト】……ふん!」


 風の刃を細かく操り、糸を破って払い落とす。


「……ところで、なんでここまで連れてこられたんですか?」

「俺らのこれからだ。ここを出る代わりに、何か条件を呑まなければならないらしい」

「え……それ大丈夫なんです?」

「……条件を聞いてからにしよう」


 俺たちはエルダーに向き直る。

 その様子を見守るように、垣根を作る蜘蛛人族は、いつでも取り押さえられるようにと構えている。


「……話は……まとまった、かな……」

「……まとまりました。お願いします、エルダー様」


 大蜘蛛エルダー様に向き直る。


「……条件を、言う……」


 じっと、八つの目を見つめ返しながら深呼吸をして冷静を保つ。


「……束縛を身につけ……この里を出ることを、許可する……」

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