第51話『エルダー』
蜘蛛人族に出会ってから数時間ほど。
彼らと接触してそう長くは無いが、わかったことがある。
彼らは優しすぎる。
不審者である俺たちに対して、咳をしていることを心配したり、喉に良い水を持ってきてくれたり、糸自体は硬いながらも、キツくは縛って拘束していない。
そして今、アイリスに尋問をしにこの場を離れたサテンさんは当然、その他監視をする者は居ない。
これから脱走しようと企てている俺からすれば、隙だらけとも言えるが、信頼だったりを裏切っているようで心が痛む。
「……ね、ねぇねぇ、おにーちゃん!」
「……ん? 子供?」
声がしたと思って見てみると、そこには比較的小さな脚を背に生やした男の子がいた。
「おにーちゃんって人間さん?」
「そうだよ。ごめんね、俺たちが君たちの集落に近づいちゃったばっかりに」
できるだけ優しく、この蜘蛛人族の笑みを浮かべながら謝ってみる。
たったそれだけで優しい人だとでも思ったのか、木の陰からヒョッコリと二人の少年少女が顔を出した。
「人間さんって名前あるの?」
「あるぞ。セトラって呼んでくれ」
「人間さんって背中に脚ないの! 無いのにどうやって糸操るの?」
「人間はそもそも糸を出せないんだ。代わりに魔法を使ったりできる……人もいる」
自分が魔法を使えないのが悲しい。せっかくの異世界なんだから、火属性魔法とか使ってみたかった。
「セトラ、魔法……使えない?」
「そうだな。もう一人のアイリスって子はいっぱい使えるけど、人間が魔法を使うためには杖が必要なんだ」
「? 腰悪い?」
「いや、杖は体を支えるもんじゃなくてだな——」
好奇心旺盛な子供たちはあれやこれやと質問をしてくる。
そうしているうちに時間は過ぎ、この薄暗い森に光が差してきた。
「あ、お昼の時間だ! 僕たちもう行かないと!」
「!
「おにーちゃんバイバーイ!」
「お、おう……またな」
元気よくかけて行く少年少女を見ながら背中に隠れているであろうアフエラに声をかける。
「アフエラ、今あの子達エルダーって言ってなかったか? ……アフエラ?」
体を捻って後ろを振り向いても、そこにアフエラはいなかった。
いつの間にいなくなったんだよ。
まあ行方は大体予想がついている。アイリスの所だろう。サテンがアイリスに尋問をすると言っていたし、アフエラはそのサポートにでも行ったのだろう。
……蜘蛛人族の言う尋問は優しいよな。
流石に肉体的苦痛は与えられたりはしないだろう。
〔マスター、戻りました〕
「おかえり。できればどこか行く前に声かけてくれ」
帰ってきたアフエラはどこに行ってきたのかを話し始め、さらにこう言った。
〔マスター、至急この檻から出る必要があるとは思いませんか?〕
「……そうだな。そうしよう」
アフエラにナイフを出してもらい、手足を縛る糸を切断し、檻をも斬り裂いて骸灰の衣を装着する。
「なんか久しぶりに羽織ったなこれ」
〔私の感覚も毒されたのか、その布がないとマスターがマスターっぽく無く感じてきました〕
「酷くね?」
今この場で銃の装備をする必要はないだろうが、一応装備だけはしておこう。使うのはナイフだけになるだろうが。
そうして、俺はアフエラの案内するアイツの元に辿り着く。
「まじか。……可哀想に」
〔可哀想ですね〕
蜘蛛人族とは、優しいが頭は良くないのだろう。
俺らのせいとは言え、こうになるまで逆さ吊りにするのはどうかと思う。
「……ひとまず、助けるか」
白目を剥き、今にも吐きそうなほどに衰弱したキヌを下ろしてやることにした。
慎重に足に巻かれた糸を切り、そっと抱き抱えるように抱える。
「コイツ、息が浅くないか?」
「ひゅっ……は……」
〔死にそうですね。蘇生します〕
んな軽いノリで告げることじゃ無くないか? とは思ったが、突っ込んでいる場合ではないためアフエラの指示に従う。
〔木に体を預けてあげてください。楽なように座らせて……そうです。では行きますね〕
そう言ったアフエラは、勢いよく自身の
バチコーンといい音(?)を立てながら繰り出されたアフエラの一撃で、キヌが意識を取り戻す。
「あぐっ!? ……はっ!? ここはどこおえぇぇええ!!」
〔ばっちいですね〕
いきなり意識を鮮明に取り戻してしまったせいで、先ほどまで逆さ吊りにされていた感覚をよりはっきりと感じてしまい、胃がひっくり返ったのだろう。
思いっきり吐いてしまった。
「ばっちいとか言ってやるな。(この短い期間でキヌさんは随分と理不尽な目に遭っているな……)」
勘違いから始まり、逆さ吊りに嘔吐、さらにアフエラからばっちいと言われる始末。
「あー……キヌさん、俺のこと覚えてます?」
「うぅ……えっと……あ——っ!? 侵入者侵入者!」
「落ち着いて。今はもう囚われの身です。キヌさんが死にそうだったんで駆けつけましたけど」
「え……あ、そう……って! それ、脱獄者じゃない!」
さぁ、ここからが本番だ。何がなんでもいい方向に持っていかねば。
「安心してください。逃げ切れる自信がないんで」
「それを安心材料に出すあなた……悔しくないの?」
「めっちゃ悔しいっす」
先ほどから俺は、キヌさんに対してかなり謙って接している。
全てはことが上手く進むため。
「まあそんなことはどうでもいいんです。何やら聞いた話だと、エルダー様? が、お昼どうこうで怒ってるそうだ。情報が上手く行き届いていないようで、キヌさんの所在について揉め事があるそうな……」
「嘘でしょ!? 大老様怒ってるの!? あわわわわ……行かなくちゃぁぁああ!」
エルダーってそんな怖いのか。
好都合だ。俺のことなんて二の次に考えてもらえればそれでいい。
「わ、私もう行くから! あなたはさっさと檻に戻りなさいよ!?」
「……(ニッコリ)」
「も、戻りなさいよ!」
「……(ニッコリ)」
焦ったキヌが全速力でエルダーの元に向かったので、それをこっそり追いかける。
キヌはそこまで足が速くないようなので、簡単に追跡することができた。
「あわわわ……大老様! 遅れてすみませんーっ!」
開けた場所に到着すると、キヌは上を向きながらそう叫んだ。
上か……ってなんだあの魔獣!?
俺が見たのは、今まで会ったどんな魔獣よりも大きな姿の蜘蛛そのものだった。
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