第50話『拘束』

 意識を取り戻した時、金網のように張り巡らされた糸の檻に手足を硬い糸で緩めに縛られていた。

 何より重要なのが、俺の骸灰の衣が無くなっていた。お気に入りということもあるが、あれが無いと俺は貧弱そのものなのだから命の危険もある。

 今の俺は貝殻のないシジミみたいなものだ。

 そんなシジミの元に声がかけられた。


〔おはようございます。マスター〕

「お前没収されなかったのか」

〔保管状態が悪かったので脱出してきました。籠に放り込まれただけなので。せめてスポンジ素材のクッション材に包むべきです〕

「お前さては軟禁状態でも抜けてこない場合があるんだな??」


 俺の問いにアフエラは何も答えなかった。

 代わりに、話題を変えて言葉をかけてきた。


〔アイリスさんは少し離れた辺りの場所で別に囚われています。そして、没収された武器などは回収いたしました〕

「抜かりないな……。てかバレないか? 流石に回収したものが無いとなると……」

〔安心してください。骨とかで作ったダミーを置いて行きました〕

「なんか手慣れてないか……?」


 アフエラが取ってきてくれたベレッタとナイフ、シジミの殻骸灰の衣。アイリスの所持品である剣と盾、胸当てと籠手、短い杖に青い宝石のついたネックレス。


「アイリスって色々持ってたんだな……って、アフエラ、これもちゃんとアイリスの物か?」

〔はい。解析鑑定の結果、アイリスさんの物のようです。後でちゃんと返してあげないとですね〕


 アイリスがネックレスか。そう言うオシャレをしている様子は無かったから意外だった。

 さて、これからどうしようか。

 どうせそのうち尋問のためにサテンとかがやってくるのだろう。

 没収品はアフエラにしまってもらって、背中に隠れていてもらおう。

 そう考えているうちに、サテンがやってきた。


「ふむ、起きたか。名はセトラだな?」

「……そう言うアンタはサテンだろ?」

「正解だ。これからお前には質問をさせてもらう」


 アイリスとの会話で俺をセトラと判断したのか。アイリス以外の人からミナセと呼ばれないのがなんだか不思議な感じだ。

 さぁてどうなるか。


「何の目的でこの山に入ってきた」

「その前に一つ言わせてくれ。お前らの前で嘘を吐きまくっている。例えば、もう一人が先に帰った的なことだったりな」

「今更、仲間を守ためのデタラメか?」

「違う違う。キヌって子が色々喋ったのも嘘だし、ただこの森に寄ってみたかったってのも嘘だ」

「……なんだと? ではキヌを逆さ吊りの刑にしたのは無駄だったのか?」


 キヌさんが可哀想な目に遭ってる。俺らが近道をしたかったがために……。とても責任を感じる。


「そ、それは悪いことをしたな。それで、最初の質問に答えると、俺らはこの森を大きく迂回しなくてはならない道を歩いてたんだ。だが森を突っ切ればすぐだったんだよ」

「ほう、つまりは近道か?」

「その通り」


 なんだかうまく行きそうだぞ?

 今のところ事実しか話してないから全くボロは出ていない。何せこの山に入ったことだって全く悪意はなかったのだからな。


「そうか。我らが里に立ち入る予定は毛頭無かった、と言うことか?」

「そうだ。だから俺らが来た方向とは逆側まで連れて行ってもらえると助かるんだが……」

「それは無理だ」


 ……おっと。


「蜘蛛人族の真の姿を見、里をも見てしまった貴様らを外に出すことは許されん。悪意なくこの地に足を踏み入れてしまったのなら殺しはしないが、おそらく監禁生活だ」

「……冗談?」

「蜘蛛人族はこんなつまらん冗談は言わん」


 正規の方法では帰しませんよと……。


「それより、起きたのならこれを渡そうと思ってな」

「なんだ? ……って水?」


 木材で作られた容器に、きれいな水が満たされていた。


「喉が痛かったのだろう? 喉にいい果実の蜜を入れておいた。何か欲しいものがあれば言ってくれ」


 その容器を飲めるように糸を切ってもくれた。


「あ、ありがとう?」


 や、優しいぞ? 人蜘蛛族って基本優しいのか?

 拘束する糸は痛くないように最低限の硬さで結んであるし、気を利かせて喉にいい水も……あ、甘いこれ。


「セトラ、お前の仲間の方にも事情を聞く。その情報をまとめた上でこれからの扱い方を決めさせてもらう」

「……わかった」


 そう言って去って行くサテンの背を見て、独り言を呟く。


「……アイリス、変な嘘吐かないよな」


 物凄く心配になってきた。







「は・な・せ! か・い・ほう! セトラさんに合わせろ——!」


 私アイリスは蜘蛛人族からだいぶ警戒されていた。

 所持品に剣も杖も見つからない上、身動き一つさせないために首から下をぐるぐる巻きにされていた。

 ぐぬぬ……セトラさん成分が足りない……!!


「起きていたか。アイリス……だな? ……待て、なぜそんなぐるぐる巻きになっている?」

「あなた達がやったんですよねこの拘束!? あなたじゃないにしても酷くないですか!?」

「あ、あぁその通りだ……ふむ、これはベロアの糸か」


 そう呟いたサテンさんは近くの糸束から一本を選んでピンと弾いた。

 するとすぐにスレンダーな女の子が現れた。


「……なに」

「なぜここまで非道い拘束をした。可哀想だろう?」

「……ムカついたから」

「なぜだ? 何にムカついたのだ?」

「…………。」


 すっごい胸見てくる……。

 ふむふむなるほどふーん? そっかぁ〜嫉妬か〜。


「ベロアさん、落ち込まないでください! ステータスですよ」


 おっと、悪い笑みが抑えられなかった。


「……その笑みをやめてください。アァコロシタイコロシタイモギトリタイ……」


 ひぇっ、踏んだ地雷がクレイモアどころじゃ無かった!

 ひとまず拘束のレベルを下げてもらうことができた。

 まぁ、さっきの拘束状態でも魔法を使えば簡単に脱出できていたわけだが。


「それでアイリス。お前はなぜこの地に踏み込んだ」


 尋問かぁ……。

 正直、本当のことを話してもいいけど、嘘を吐くか黙秘権を行使するか……ん?

 少し離れた向こうにアフエラさんがいる。

 画面に大きく一文字だけ映してくれている。

 あれは……『真』……かな?


「色々嘘ついちゃってたんですけど、私は近道のために———」


 私は本当のことを話した。

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