第53話『約束の糸』

「束縛?」


 エルダーが下した条件。

 それは束縛というものだった。


「……説明、する……」


 エルダーに説明された内容はこうだ。


 蜘蛛人族は奴隷となるには人間に都合の良すぎる種族のようだ。

 上質な糸を生み出すことができ、糸をモノに絡めて魔力を特殊な方法で流し込む『エンチャント』という技能を操ることができる。

 そんな力があっても、武器を振り回すには貧弱な体の作りをしているため抵抗できないのだそうだ。

 蜘蛛人族を奴隷にすることはローリスクハイリターン。


 であるからして、人間にはその存在を広く知られるわけにはいかないのだ。

 故に、『束縛』を施すということのようだ。


「その縛りを……二人は、受け入れて……くれる?」

「まぁ、死なないならいいですけど……」

「死ぬ……」

「死ぬんかい」


 いや死ぬんかい。思わず突っ込んじまった。


「でも……それは、約束を破ったとき……。私の……秘術」


 そう言ったエルダーは、近くにあった大木に糸を三周絡めた。


「『束縛。我と汝に結ぶ規則。破りし者に罰則を与える。葉を落とすごとに糸は縮み、いずれ己の首を締める』」


 そう詠唱を終えたエルダーは、大きく息を吸って呼吸を整え始めた。


 風に靡く木々の葉は、ぱらぱらと舞い散る。

 大木から一枚、また一枚と葉を落とすたびにミシミシと音を立てながら糸が幹に食い込んでゆく。

 そしてついに、荒い断面を露わにする。


「……わーお……これ絶対痛いやつですよ……!」

「……スゥ……これをかけるんですか?」


 嫌な汗が背中に流れてきた。


「安……心……して……」


 一息に詠唱をしたせいか、物凄くキツそうだ。


「私……たちに……関わる……情報を……口に……しなければ……ふぅ……罰則は、ない……」

「そ、そうですか」


 呼吸を落ち着かせたエルダー様に、俺らは束縛を受け入れる旨を伝える。


「……あいわかった……。……ふぅ……『束縛。我と汝に結ぶ規則。破りし者に罰則を与える。我らアラクネに関わる一切の情報を口にするごとに糸は縮み、いずれ己の首を締める』…………ふぅ、ひふ……」


 首に三周まで巻かれた糸に、不思議な力が宿る。……ような気がする。


「一言……でも……声に……出せば……死……ぬ……。……うっ……」


 エルダー様の方が死にそうなのですが。

 そんな心配をしていると、束縛がついているにも関わらず、周りの蜘蛛人族が騒ぎ出した。


「大老様! 我らの秘密を知った者を見逃すなど……!」

「そうです! ここで殺す……ころ……監禁するべきです!」


 を出して戦闘体制に入った蜘蛛人族に対して、俺らは構えることなく静かに見守る。

 変に騒げば戦闘が始まるに違いない。

 だが、万が一戦闘が始まってしまった場合に備えて、腰のベレッタにはすぐに手が伸ばせるようにしておく。怖いわけではない。


「やめて……おきなさい……。絶対……勝てないわ……。その気に、なれば……、彼らは……無理矢理にでも……逃げられる」

ほーだほーだそーだそーだ!」


 エルダー様の言葉に、キヌさんが同調する。何かを口に詰めながら。

 そう言えば、今蜘蛛人族の間では昼食の時間だったか。

 食べていたものを飲み込んだキヌさんはさらに言葉を続ける。


「私言ったじゃない! 脚は出したのに手も足も出なかったって! みんなして何にも聞かないんだから! ふーんだ」


 頬を膨らまして、また正座に戻りご飯を食べ始めた。まるでやけ食いのように食べている。

 明らかに場違いである。


「キヌの……言う通り。皆、下がりなさい……」


 納得のいかないような表情でも、渋々後ろに下がってゆく。


「もう、行きなさい……。話しては……だめ。努努、忘れぬよう……」


 俺らは頷き、頭を下げて礼を表す。


「アフエラ、オーラネリアの方向は」

〔こちらです。……アラクネの皆様。マスターに代わり、謝罪とお礼を申し上げます。失礼いたしました〕


 俺らはアフエラに続いて走った。

 張り巡らされた糸で造られた壁には、どうやら正しい道筋があるようで、アフエラに導いてもらいながら本来の目的地側に森を抜ける。

 糸の張られ方が薄くなった頃、段々と急になる下り坂の向こうに道が見え、国が見える。


「あれがオーラネリアか」

「ついに! ですね!」


 ようやっと、目的地に着くことができる。




 ◆




 酸味の強い果実が、私の好物だ。

 あの侵入者二人はもう出て行ったみたいだし、これで日常が戻る。

 いやぁ、よかったよかった。


「キヌ……こっち来て……」


 と、大老様に呼ばれてしまった。

 糸を使って足場を作り、脚を使って自在に動く。そんないつもの移動方法も、いつもよりたくさん食べ物が入った胃が悪さをして吐きそうになる。


「うぷ……なんでしょうか大老様……」


 大老様の顔の前まで移動し、耳を澄ます。

 声を出すことが難しい大老様は、小さな声で囁くように話し始めた。


「あなたに、任務を、与えるわ。あの二人を、追って、くれるかしら?」

「はーい……? ……はい?! ままま待ってください! なんで私なんですか!?」

「この件に、関しては、あなたが、適任なのよ。隠密行動は、得意だし、大事になったのは、あなたの、せいでも、あるし……」

「ぐっ……。で、でも私には! この里を守るための巡回があります!」

「人も、来ないし、失敗、してたし……」

「こ、これから! これから頑張りますので!」

「外の、世界で、学んで、来なさい……。色んな、出会いが、あるから……」

「ぐぬぬぬぬぬ……」

「……それに……」


 その後に続く言葉は、しばらくの間無音を奏でた。何やら思い耽っているような表情で固まり、そして再び言葉を続ける。


「あなた、殿方……欲しがってた、でしょう?」

「!!!」


 私はこの里を守るために、あの二人を追いかけることにした。

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