第48話『破廉恥禁止』

 森を進むにつれ、蜘蛛の巣が多くなってきた。

 ナイフで裂いたり、アイリスが剣で切り裂いたりしてくれるが、段々と違和感を覚えるほどに密度を増してきた。


「明らかにおかしくないか? アフエラ、周辺に蜘蛛型の魔獣とかいたりしないか?」

〔感知できる距離にはいません。ただ、明らかに野生の蜘蛛が形成した糸では無いでしょう〕

「この糸……いい糸ですね? 洗えば衣類の作成にも使えるんじゃ無いですかね?」


 アイリス目線ではかなり良い糸らしい。ちょっと集めてアフエラに持っててもらおうかな。


「真っ白で丈夫。さらさらしていて束になっていれば触り心地もいい……。(これで下着とかをセトラさんに作ってみましょうか……。でも迷惑じゃ無いでしょうか? 流石にいきなりパンツをプレゼントされたら困りますかね? と言うか、ボクサーパンツとトランクスくらいしか思いつきませんね……どっちがいいでしょう?)」

「アイリス? そんな真剣な顔して糸見つめてどうしたんだ?」

「……布にはなってもゴムが無い……!」

「なんの話?」


 大ショックを受けたようなアイリスが無心で蜘蛛の糸を薙ぎ払って行く。何があったんだよ。

 オリハルコン製のナイフはサクサクと刃が通り、道は順調に開いてゆく。

 すると、アフエラが声を出して警告した。


〔生体反応を確認。後方です〕

「ほう、気配を消していたのですが……面白いですねこの板は」


 俺とアイリスが振り向いた先にいたのは白髪の少女だった。

 こんな場所で気配もなく近づいてきた人物を警戒しないわけもなく、俺は咄嗟にベレッタに手をかける。


「どちら様ですか? 冒険者の方……では無いですよね?」

「ええ、身元は明かせませんが。今、あなた方が何をしているか教えて頂けますか?」

「別に……ただこの森をまっすぐ向こうに抜けたいだけなんですけど」


 アイリスの糸を薙ぎ払うために抜いた剣に鋭さが灯る。


「わざわざこの森を抜ける必要があったのですか」


 一歩。その少女がこちらに近づいた。


「近道したかったんですよ。今外は暑いですし」


 少しずつ近づいてくる少女は、会話していたアイリスを通り過ぎて俺の目の前で止まった。


「あなたはずっと黙ってますけど、口裏合わせられなくて黙っているのですか?」


 この少女は武器を持ち合わせていないように見える。だとしたら魔法を扱うはずだ。骸灰の衣の性能を頼りにベレッタから手を離そう。


「口を挟む必要がないと思っていたからな。俺たちはまっすぐ森を抜けられればそれでよかったんだが……。なんだか、通したくなさそうだな」


 グッと目に力がこもるのが見せた。図星ではあるのだろう。


「……例外無く、人間はこの森から追い出すのみですので」


 右手を胸の辺りまで持ち上げたその少女は、人差し指と薬指をクイっと動かした。

 すると、俺の身体は急に持ち上がり、宙に浮かされた。いや、


「セトラさ——きゃっ!?」


 今度は中指を動かした少女の動作に従うようにアイリスが足から宙吊りにされた。

 アイリスは自分のスカートを押さえながらバタバタしている。

 俺は紳士だから目を逸らすぞ。


「ふふ、恥ずかしいですか? 知ったことではありませんが。このままあなた達をまゆにして……」


 ハッとしたようにアイリスがこちらに目線を送った瞬間、顔を赤くしてこう言った。


「み、見たい……ですか?」

「余裕だなお前!?」

「み、見たいんですか!?」

「セトラチャンネルは健全な動画しか投稿しないんだ!」


 案外俺も余裕なのかもしれない。変な慣れを感じた。


「じょ、状況も理解しないままイチャイチャと……! (私もいつか殿方と……)もっと恐れて慌てるなりしてください!」

「えっと……そうだな?」


 ちょっと頬が紅くなった少女がもっと怖がれと言ってきた。

 とは言っても、俺はなんと無くこの状況を理解した。アイリスが突飛なことを言うから却って冷静になった。

 そのおかげで、俺が今どこに糸がついているのかもなんと無くわかった。

 右脇、左腕、左股下。

 都合がいいことこの上ない拘束だった。

 右腕は自由だが左腕はかなりしっかり拘束されている。ナイフが左側にあるからだろうな。

 右腰のベレッタを引き抜いて、俺を吊るす糸を撃ち抜く。


「……は?」


 爆発音と共に吊るしたはずの俺がするりと落ちてきたのだから、驚くのも無理ない。

 呆気に取られて動かない少女の横を通り過ぎ、アイリスの真下に入る。

 何をするかの意思を組みとたアイリスは、素晴らしい身のこなしで自分の足に巻き付く糸を切って落下してきた。

 受け止めてやると、嬉しそうな顔をするアイリス。


「ま、ま……またイチャイチャと! 人前で破廉恥な!」

「いや、頭から落ちるのは危ないだろ? アイリスのことだから酷い怪我はしないだろうけど、突き指したら可哀想だろ?」

「セトラさん優しい! ……ん? 私のことか弱い乙女とは思ってくれてないんですね……」


 それにしても、あの少女が顔真っ赤に相当怒っている。確かに俺はお姫様抱っこでアイリスを受け止めたことに関してはちょっと恥ずかしいが、そんなに怒ることか?

 すると、俺の腕から降りたアイリスがその少女に近づいた。

 一旦冷静になり、後退りするその少女。


「な、何よ? それ以上近づくなら私も脚が出るわよ!」


 手じゃないんかい。

 それでも近づくアイリスは何故かその少女の手を握った。


「(ありがとうございます幸せでした! あなたのおかげでいい思いができました!)」

「え? あ、はい。……はい?」


 なんかあの人すごい困惑してる。


〔ピロン♪〕

 あの少女は人間ではないようです。この世界では珍しい『蜘蛛人族』です。奴隷制度により、酷い扱いを受けてきた歴史があり、人間を嫌っているようです。


「なんかお前詳しくないか??」

〔ピロン♪〕

 レアリティが一段階上がりましたので。

「いつの間に……」


 目を輝かすアイリスは一体彼女になんて言っているのだろうか。

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