三章【結び】

第47話『旅の初めは木陰から』

 快晴の空、その下に伸びる曲がりくねった道。


 通り抜ける風が平原の草を揺らす。


 肌をなぞる風は涼しく、穏やか。


「……地獄だ」

「あ、暑いですねぇ……」


 なんで快晴なんだよ炎天下だよ。風が涼しい? 防具のせいで顔しか涼しくないぞ。


 ミドリナからオーラネリアまで向かうための道を歩くこと三時間。

 既に魔獣との接敵は六となった。

 炎天下の下で魔獣とのドンパチやってたら汗は吹き出すし、そうでなくても歩いているだけで体力を削られる。


「道は曲がりくねって最速七日の道。地図を見た感じ大きな山を迂回しなきゃいけないのか……。これこの山を抜けるんじゃダメなのか?」

「ダメですね……なぜかわかりませんけど、そこは危険だとどの国も言っています。密度の濃い森が形成されているようなんですよ」

「魔獣でもいるのか? ……って、この森抜ければオーラネリアまですぐじゃ無いか」


 この旅路は地図の上ではそこまで遠く無い。

 しかし、大きく森を迂回せねばならないため人の足では相当かかってしまうようだ。


「なぜ危険と言われているのかはわかりませんけど、絶対に。ぜ——ったいに! 入っちゃいけないみたいです!!」


 アイリスの目がキラッキラである。

 一方の俺も、この森を突っ切ることは賛成である。

 近道になるし、葉の屋根が陰となり炎天下から逃れることもできる。


「そっか……ところでアイリス。探検は好きか?」

「大好きです!」

「流石は俺のリスナーだな」


 俺らは森の中へ入ることとなった。

 陽の光が葉によって遮られ、熱が抑えられたと同時に薄暗くなる。


「……危険……なんですかね?」

「さぁ? 今のところ普通の森と変わらない気がするな」


 危険かどうか。確かめるべきなのかそれとも否か。

 触らぬ神に祟り無しとは言え、事前に危険かどうかの判断くらいは必要か?


「何かあったら私が守りますから! セトラさんは安心してください!」

「普通逆なんだよなぁ……」


 男としてそれで良いのか。


「……危険なのは魔獣だと思うか?」

「うーん、どうなんでしょう? 見えにくい崖とかでもあるのでしょうか?」


 入って数分ではあるが、今のところ何一つ変なところはない。

 虫の鳴き声、鳥の囀り、湿った地面、根の出っ張る歩きづらい斜面。顔に引っかかる蜘蛛の糸。

 普通の森では? ちょっと足場が悪いくらいじゃないだろうか?


「魔獣もいませんね? 逆に違和感ですけど……」

「まあ良いことじゃないか? 一応、調べるために一発やるけど」


 ベレッタを取り出して、銃口を木に向けて撃ち込む。

 森の中に破裂音が響き渡り、こだまする。


「何やってるんです?」

「何かいるなら、音で寄ってくるだろ? 不意打ちの危険を譲る代わりに、こっちも準備はできる」

「ゲームでよくやってるやつですね〜。敵から寄ってくるので配信も暇しませんもんね! 返り討ち万歳です!」


 そういえば配信でも結構やってたな。騒いでいるうちに寄ってきた者を返り討ちにする。無理な索敵をせずに雑談ができる。完璧。


「……本当に何も来ないですね?」

「魔獣すら寄ってこないとは……むしろビビったか?」

〔ポーン♪〕


 アイリスと話していると、アフエラが通知音を鳴らして画面に文字を表示していた。

 寂しいです。構ってください。

 と。


「しかし……この辺蜘蛛の巣多いな。虫が少なくなるのはありがたいが……」

〔暇です寂しいです可哀想な私に構ってくださいマスター〕

「悪いちょっと意地悪をしてみた」


 アフエラってこんなにアピールすごいやつだったか?


〔構ってもらう話題として、この辺の魔獣を詮索してみました〕

「さ、流石だ……」

〔結論から言えば、この森に生きた魔獣はあまりいないようです。さらに言えば、ここから三百メートル先に魔獣の反応がありますが、衰弱しており、大体の魔獣がそのような状態です〕


 つまり、この森には弱った魔獣、そして死んだ魔獣しかいないようだ。

 動物という生態系に近しい魔獣は、凶暴なだけで基本人間を嫌う。そんな魔獣にとって人の寄りつかないこの森は暮らしやすいことこの上ないはずだ。


「……なんだか怪しいな。魔獣が衰弱しているだけならこのまま進むのが得なんだが……」

「今のところ危ないことはないですものね。本当に何もなく魔獣が衰弱してるだけなら引き返すだけ損ですし」


 引き返すことに惜しさを感じた俺らは森の中を進む。

 進むにつれ、段々と俺らのテンションは下がっていった。


「芋虫毛虫が多いな……魔獣じゃない害虫の類が多いな」

「山と森の恐ろしさを舐めてました……」

〔マスター、蜘蛛の糸が絡まって気持ち悪いので取ってください〕

「お前にそんな感覚あったのか?」

〔ロボット差別はこれからの時代叩かれますよ〕







 爆発音のような音の振動が響いてきた。

 その音の元を辿り、周辺を詮索すると人間がいた。


 侵入者二人。大老様エルダーにお伝えするべきか……。

 いや、まだその時ではないだろう。

 その内引き返すはずだ。それでも引き返さぬというのなら、私の方で始末するでもいいだろう。

 しかし妙だ。

 妙なことだらけだ。

 女の方には変なとろこは無いのだが、あの男。

 ボロボロの布を纏っている上、ナイフしか携帯していない。魔法を扱うようにも見えないし、シーフナイフ使いにしては近接戦闘に向かない靴を履いている。

 警戒すべきは男の方だな。

 あと、板が浮いてる。音を発しているようにも感じられるし、魔力とは少し違うような力を感じる。


 ……大老様に報告する前に接触を試みることにしよう。

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