第36話『路地裏』

「それで、ギルマスさん。私たちに何か用なんですか?」


 アイリスって肝が据わってるよな。一応王都のお偉いさんなんだけど……。


「あぁ、そうだった。君たちが依頼から帰って来た時に伝えようと思っていたことなのだがね、君たちさえ良ければ、ギルドから指名依頼を出そうと思っていてね」


 これ嫌な予感がするぞ。

 言葉の意味的に、信頼のある人に任せる重大な依頼ってところだろう?


「指名依頼とは言っても、ちょっとしたお手伝いだと思ってくれ」

「どんな依頼です?」

「最近、道端に魔法陣を描いては去って行く人物が確認できてね。その不審者を突き止めてもらいたいんだ」


 何だその悪戯? ピンポンダッシュみたいな悪戯だな。

 依頼の重さに安堵していると、ハーヴさんも口を挟む。


「私の方でも聞いております。魔法陣の内容もまちまちで、【フラッシュ】や【ヒール】などの無害なものばかり。余計に不審でありますな」


 何それ。子供がやってるわけじゃ無いのか? そんな冒険者に依頼するほどでも無いのでは?


「私たちが対処するべきことですか? そんなに危ないことでは……」

「そうとも限らない。考えすぎかもしれないが、無害なものだけだが種類はかなり多い。ある程度魔法を心得た者が関わっているはずなのだ。取り押さえる際に抵抗してくるはずだ」


 魔法を扱える者を取り押さえるためにはそこそこの能力が必要になると言うわけか。


「期間はどれくらいでしょう……?」

「期間は設けない。見かけたら取り押さえてくれればいい。ちなみに不審者の特徴だが、基本フードをかぶっているようで、腰に片手斧を付けているようだ」


 ガチ不審者だ……!

 怖ぇ……。抵抗してくるとなると面倒だな。


「アイリス君、ミナセ君。無理に捕獲しなくても構わない。もっと詳しい情報がつかめればこちらの手札も増えるからね」

「了解です」

「わかりました! ではこれにて失礼します〜!」


 依頼を承諾し、部屋を後にする。

 明日から本格的に不審者探しとするため、アイリスと夕食を食べることにした。

 場所はギルド酒場。店員さんに声をかけて料理を注文する。

 俺はオムライスと果物ジュース。アイリスはオムライスと果物ジュース……同じだった。


「ふへ、ふへへ……セトラさんとお食事……お食事……」

「大丈夫か? いや、笑い方が大丈夫じゃないな……。変な緊張するなよ」

「だ、だって……実際にセトラさんとお食事できるとなるとなんかこう……」

「?」

「セトラさんって、配信の途中でご飯食べてたりしましたよね。例えば耐久配信の時とか」


 そういえばカップ麺とかを配信中に食べたこともあったな。年明け配信とかはそばも食べてたし……麺ばっかだな。


「そのタイミングに合わせて私もカップ麺とかそばとか食べてたんです。でもいざ一対一で面と向かってお食事となると……くぅっ!」


 何と言うか……流石とは思う。ただ、なぜカップ麺もそばも用意してたんだとも思う。

 届いたオムライスを食べている時も、アイリスはガチガチだった。

 そんなアイリスを、珍しそうに周りの冒険者と職員が見ている。俺からすればいつもより緊張していると感じる程度だが、周りからはそればかりではないらしい。

 何だか気まずい空気で食事を終え、よく疲れを取るために今日は解散した。

 俺はいつもお世話になっている宿屋へ向かう。

 いつも通っている道は何だか塞がっている。何してんだ?

 周りから聞こえる声には、またしても魔法陣があったのだとか。種類は何と爆発魔法。聞いた話では、被害が出ないタイプの魔法陣しか描かないような話をしていたが、ついに危険な魔法陣を描いたか。

 仕方ない。今回は路地裏を使おう。

 近道にはなるが、本当なら暗いし歩きたくないね。


Freeze止まれ


 細い通路が入り組んだ路地裏。声がすると同時に、曲がり道の角から飛び出した赤い刃物が、首元に当てられた。


Raise your hand手を挙げろ


 指示の通りに手を挙げる。それと同時にアフエラを軽く叩く。


「誰だ」

「クククッ……さあな? 知らない人だよ」


 女の人? 声的にそうだな。しかし聞き覚えはない。


「何の用だ。基本応じるつもりは無いが、話だけなら聞くぞ」

「ほう? じゃあそんな寛大なお言葉に乗っかるとしようか。取引をしないか?」

「取引……?」


 何だこの人。名前も知らない上に、曲がり角から姿を見せない。正直このまま後退したら逃げることなんて容易いぞ。


「そうさ。君の持ってるその銃。私にくれよ」

「ッ! お前……転生者か?」

「おいおい、そんなことどうだっていいだろう? 今私が求めているのは銃の仕組みだよ。私が差し出すのは……そうだな。金くらいなら全部渡してやるよ」

「断るね。残念ながら人には渡せないものなんでね」

「そうかそうか。残念だよ……」


 ゆっくりと刃物、片手斧を動かす。俺も距離を取る準備はできている。かかってこい。


「クククッ……じゃあ楽しみにしているよ。トラノブ君?」


 そう言うと斧をしまったようで、その場から消えてもいた。


「何だったんだ……?」


 おそらくアレが例の不審者だ。

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