第33話『ちょっとした希望』

 広い草原を駆ける一頭のケンタウロスがいた。

 普段、ケンタウロスは狩りですら疾走することはあまりない。なぜなら、上半身人間の馬であるが故に、弓などを使って狩りをした方が圧倒的に成功率が高いからだ。

 なぜこうも疾走しているかと言うと、背中に乗る二人の少女が原因だ。

 前方に座っている人は着物を着た女性。後方に座っているのは眼帯をつけたゴシック・アンド・ロリータを着た女性。


「あはは! ケンタウロスとは随分と速いのぅ! どこぞの猪とは段違いじゃなぁ〜♪」

「姉さん、あの猪は普通乗るものではありません。……このケンタウロスもそうですけど」

「ふふふ、乗られる方が悪いのだよ〜♪」


 ……ケンタウロスに同情を。


「いやしかし、この速さならばすぐにミドリナにつくだろうさね。旅の最初にこやつを捕まえておけばよかったのぅ」

「『未知をゆく 寄るも寄らぬも 巡り逢い』旅の初めに詠んだこれ、覚えていますからね?」

「……まっすぐ進むこともまた一興……とね」


 ケンタウロス自身は相手が敵対意思を持っていないことはわかっているのだが、首元に刃物を押し当てられており走らざるを得ない。

 ……可哀想なケンタウロス。


 風を感じながら駆ける二人の耳に、不自然な音が届いた。


「? この辺りに水辺なんぞあったかねぇ?」

「この辺りですと……サーミス湖があったと思います。すごく広い湖で、周りに木々もあるので静かなところではあると思いますけど……なんの騒音でしょうか?」

「ふむ……寄ってみようではないかね? 木々を抜けるとなると……この馬は置いてゆかねばならぬな」


 ケンタウロスは解放された!


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 抱き抱えているメーベルさんは小さく縮こまって泣いている。

 それも仕方ない。何せ命の危機だ。


「ふぇぇぇえん! とても楽しい人生でしたぁ……来世があるならどうかお金持ちの猫になりたいですぅ……」

「とても羨ましい来世ですけど、しっかり捕まってください! まだ助かるかも知れませんから!」

「無理ですぅ! 羽が無いのにこんな高所は絶望的ですぅ! 水面に着地できても首を折りますよぉ!!」


 その通りだ。こんな高さから落ちたら、水面の硬さなんてコンクリートどころでは済まない。しかし、やらねばならないのだ。

 実のところ、無謀では無い。

 俺には骸灰の衣がある。

 『衝撃受け流し』と言うぶっ壊れ性能の特殊効果が備わっているため、柔軟な水に落ちればある程度助かる可能性は見えている。


「アイリス! 俺を水辺の方向に吹っ飛ばせるか!」

「で、できますけど、どうするつもりですか!?」

「着水する! 骸灰の衣があればなんとかなるはずだ! アイリスは自分の着地を優先してくれ!」

「くぅっ……! ……わかりました。【エアロバースト】!」


 弾け飛ぶようなスピードで俺とメーベルさんを吹き飛ばす風は、ちょうど湖の中央辺りに落ちるよう起動を変えてくれた。


「メーベルさん。しっかり捕まってくださいね……!」

「はぅぅ……ほんの少しの間でしたが、とても楽しかったですぅ……」


 もう完全に諦めムードか。着水時に舌は噛まないように注意しておかなくては。

 メーベルさんをしっかりと抱えたまま背を丸めて落下する。

 しっかりと背中から落ちるように……。

 自分の視点からもわかるほどの大きな水飛沫。

 背中を強く押され、肺の空気が全て抜け出る。

 衝撃が時間をかけて痛みへと変わるが、折れたり破裂したりと言った傷を負った感覚はない。

 落下の勢いが止まり、体が浮き上がると同時に四方から水が迫り上がって覆い被さる。


 ……息が……っ!


 肺に残る空気は無く、そのまま水に揉まれてしまう。

 波が治るとともに抱きしめていたメーベルさんを解放して水面へと突き放す。

 頑張れ俺! 身体能力にバフがかかる装備があるんだ。浮けるだろ!

 しかし、醜くももがくことしかできない。


 ……やっべ……意識が……。


 気づくと俺は水面にいた。


「かはっ、こほっ! ……?」


 大きく息を吸っては吐き、肺を楽にする。

 何かが俺のお腹辺りを押し上げていた。


「アフエラ……?」

〔ポーン♪〕


 ビート板のように頼りにさせてもらう形でアフエラを浮きにする。

 状況が落ち着いたらと思い、アイリスを探すと、無事に地面に着地できたようだ。

 安堵の様子が視界に入ると同時に、絶望も見えてしまった。

 ドラゴンがこっちにむかってきている!


「ひぃ!? これは泳いでも間に合わないですぅ!? せめてお昼のチーズパンだけは食べたい人生でしたぁっ!」


 願望薄いな!? じゃ無くて、少しでも抵抗しなければ。小さな可能性にでも賭けるのだ。

 アフエラに支えてもらいながらベレッタを構える。

 片手での射撃は反動が強く当てにくい。


「キュァァァァァアアア!!」


 数発の射撃も虚しく、既にドラゴンの間合いの中だ。

 俺たちの視界には、殺意しか込められていない無数の牙が広がっていた。

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