第32話『チーズ』
水から上がり、木の裏からこっそりとこちらを見守っていたアフエラと相談する。
「骸灰の衣を脱いでから力出ないんだけどさ、やっぱ関係あるのか?」
〔はい。マスターは装備でステータスを底上げしています。レベルも低いですし、骸灰の衣を脱ぐことはお勧め致しません〕
つまり装備でドーピングした状態だったから、今まで機敏に動けたのか。骸灰の衣を着てない状態だったら銃すらまともに撃てないのでは……?
最初に遭遇したデグルベアに枝だけで勝てたのはこのおかげか。
「つまりセトラさんの弱点は骸灰の衣と言うことですか?」
いつから聞いていたのかわからないが、アイリスが言う。
「その通りだな。あの衣がなかったら射撃すら怪しいかもしれない」
「ずっと身につけてなくちゃなんですね……。同じ物を見つけたら貢ぎますね!」
「実はこれ、オーパーツだから同じものは無いはずだぞ」
同じものがあるなら正直欲しいところだが、アイリスの貢ぎマゾ防止のためにもそんなことは言ってはならない。
知れてよかった。不用意に骸灰の衣を脱いだまま出歩けばちょっとした不運が大事故になりかねない。
泳げない俺、自分の水着は持ってきていないアイリス、上手に泳いだり潜ったりするメーベルさん。
そんな三人が滝の音と共に時間を過ごしてお昼頃。
俺たちは湖の方へ戻り、昼飯を作った。
「少し長く遊びすぎましたねぇ。食料を調達する暇は無さそうなのでこれを食べましょうかぁ」
メーベルさんが取り出したのはパンとチーズだった。
「チーズを炙り溶かしてパンにかけるだけで美味しいですからねぇ〜。むっふっふ、僕の好物なんですぅ〜!」
「罪な料理ですね……! 私もチーズ好きです!」
「お、美味しそうだな……はは……」
実はチーズがそこまで好きじゃ無い。別に味は嫌いじゃ無いんだが、なんかこう……臭い。
炙るために火をつけた薪にチーズを近づける。
おぉう……臭いきつぅ……。
でも作ってくれた料理には感謝し、命を頂くことに責任を持ってしっかりと完食するのだ。と言う素晴らしい心構え一割と、子供の頃に読んだ本に『食べ物を残すと呪いにかかる』なんて内容のトラウマが九割。
幼い頃のトラウマってなぜこうも剥がれ落ちないものなのか。
「できましたぁ〜! ミナセさんもどうぞぉ?」
「あ、ありがとう」
オイシソウダナー!(迫真の棒読み)
大丈夫。味はいけるんだ。嗅細胞にチーズが届かなければいい話……。
〔警告。戦闘体制を取ってください〕
急にアフエラがそんなことを言い始めた。
メーベルさんと言う、アフエラについては何も知らない人がいる前での発言。
発言から十フレーム程でことの大きさを理解する。
ナイフに頼れば全滅もあり得るかも知れない。
そんな思考が過り、アフエラのインベントリからHK416を取り出す。
護衛依頼であることも思い出し、メーベルさんを抱き抱えるようにして守りながら周囲を警戒する。
「? なんの音です…ふわぁっ!?」
「セトラさん、今のアフエラさんですよね? 一体何が……」
アイリスも剣を引き抜き、警戒する。
アフエラの警告から七秒後。
水面が大きく盛り上がり、水飛沫を上げながら蛇のような魔獣が飛び出してきた。
「キュァァァァァアアア!!」
高い声で鳴くその魔獣は、頭にツノを生やし、胴体の真ん中辺りに羽を生やした、龍またはドラゴンと言った姿だった。
「ななななんですかぁ!? ドラゴンですかぁ!?」
「はしゃがないでください! それと、耳を塞いで!」
メーベルさんが目を輝かせてドラゴンを見つめる。こんな恐ろしい怪物を見て、恐怖より先に好奇心が来るのだから研究者は怖い。
牙を剥いて明らかにこちらに攻撃する意思を見せていたので牽制として胴体に弾丸を数発ぶち込む。
デグルサーペントの時と同様、キンッと高い音を立てて弾かれる。
「こんな魔獣見たことありません……! セトラさん、撤退の方針でいきましょう!」
「そうしよう。メーベルさんもそれでいいですね!?」
返事がない。あ、ちゃんと耳塞いでる。発砲音で耳を痛めないようにと指示したら律儀に従ってくれている。そのせいで聞こえていなかったようなのでもう一度伝える。
「研究できないのが名残惜しいですがぁ、これは仕方がありませ……皆さん足元ぉ!!」
メーベルさんの悲鳴じみた声の先には、魔法陣が描かれていた。
「セトラさん、備えてください! 【エアサスペンション】!」
アイリスも魔法を放つ。俺らの足元に空気の層が出来上がり、少し浮遊すると同時に、ドラゴンが作り出したであろう魔法陣も発動する。
魔法陣から溢れるように創られた水が渦を巻いて俺たちを打ち上げる。
「うわぁぁあ!? パパママ二十四年と言う短い人生でしたが育ててくれてありがとうございましたぁ!!」
メーベルさんが死亡を宣言した!!
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