6-2
空は今にも雪が降りそうな色をしていた。
そんな空を一度見上げた真宙だが、すぐに視線を隣へと移す。
「……桜良」
三が日が明けたばかりの街中は、多くの人で溢れかえっている。まだ正月気分の抜けない彼らの中を、真宙は一人で歩く。
いつもなら一人で歩くことがないその道を、一人で。
「クリスマスツリー……。もうないか。そりゃそっか」
ショッピングモールの近くを通る。ついこの間まで佇んでいたクリスマスツリー。それは最初から存在なんてしていなかったかのようにその姿を消している。
クリスマスシーズンはそれがあるのは当たり前だったし、シーズンが終われば撤去されるのもわかっていた。でもいざなくなってみると、そのなにもない空間がやけに寂しく感じる。
だから真宙はツリーのあった場所から目を逸らして歩き出した。
風が吹く。とてもとても、冷たい風。真宙は思わず身震いし、
「さむ……」
冬の風がやけに冷たい。
当然、この時期の風が温かいわけなんてない。しかし去年のこの時期はこんなに寒さを感じてはいなかった。
なぜなら、隣には彼女がいたから。繋いでいた手が、とても暖かかったから……。
「桜良……」
一人呟き、向かった先は桜良の行きつけの喫茶店。チリンと来客を告げるベルを鳴らしながら入ると、テーブルを片付けているマスターと目が合った。年明け早々ということもあってか、店内には他に客の姿がない。真宙は空いているテーブルに座り、マスターへ注文をする。
「紅茶を」
その注文にマスターは一つ頷いてカウンターへ戻っていった。
しばらくすると注文した紅茶が運ばれ、それを飲んで身体が温まった頃、真宙は喫茶店を出た。
当てもなく、また歩く。足の向くままに、流されるままに。
「……あ」
真宙の視界の中に初詣で訪れたばかりの神社が映る。その鳥居の下を歩きながら、
「今年もまた、一緒に年を越せるかな」
当たり前だと思っていた。
そんな日々がずっと続くのだと、当然のように疑わなかった。
返事なんてない。誰に問いかけたわけではなかったが、それでもなんの反応もないのはとても寂しかった。
歩く。この胸の内の寂しさを埋めるには、歩くしかなかった。
歩いて歩いて、見つけるしかなかった。
学校が見えた。あと一週間もしないうちに三学期が始まる。高校二年の三学期だ。本格的に受験を意識して生活していかなくてはいけない。
「桜良と同じ大学か……」
一緒の大学に通うことが当たり前だった。無理をして高い偏差値のところを狙わなければ同じ大学に進学することが出来る。でもきっと桜良は妥協しない。真宙と桜良では若干とはいえ桜良のほうが成績は優秀だ。桜良が上を目指すのなら、そして桜良と同じ大学に行くのなら、真宙も本格的に受験の準備をしなければならない。
同じ大学へ行けるのかという不安はある。でも疑いなどしなかった。きっと大丈夫だと考えていた。これからの一年間で桜良の偏差値に追いついてみせる。絶対に大丈夫だ。そんな根拠のない自信だけはあった。
「桜良…………」
歩く。歩く。歩く。
まるでなにかから逃れるように、真宙は歩く。
そしてどれくらい彷徨っただろうか。街の繁華街へと戻ってきたとき、偶然にも出会った。
「あ」
「……よう」
人の群れの中、突然にして偶然、御調と出会った。
「……」
「……」
正直、気まずさはあった。和花の件があってから一度も顔を合わせていない。あんな喧嘩をしたことも初めてだったし、なにをどう言えばいいのか、どんな顔をすればいいのかわからなかったのだ。
言わなければいけないことがある。その準備も決意もしてきたつもりだった。しかし実際に本人を目の前にすると思ったように口が動かない。
異様に口の中が渇いていた。
なにも言えず立ちつくしていると、御調が先に口を開いた。
「……悪かったな、真宙」
「え?」
「いや、この間、公園で……。怒鳴ったりして」
「ううん、あれは僕が悪い。御調は間違ってないよ」
今考えてもあれは自分が悪いと思う。御調の怒りは当然のことだ。なのに御調はそれに対して悪かったと謝った。本当なら真宙のほうからそれを口にしなくてはいけなかったのに。そういったことにも触れず、『自分も悪かった』と御調は言うのだ。
本当に、良いやつなんだと、改めて思う。
だからこそこれ以上、御調との関係を悪化させたくはないし、昔みたいに戻ることを願った。そしてそれは、きっと簡単なことだ。いつもみたいに、少し前みたいに、普通の友達として接する。それだけでいい。
「…………今日はなにしてたの?」
だからそう訊いた。なんでもないことを、なんでもない風に。
直前までの口の渇きなんて嘘のようだ。
「なにってこともないな。……ただ、家にいても落ち着かねぇっていうか……」
真宙の意図を汲んだのか、御調も同じことを考えていたのか、真宙の質問に御調は答える。その際に僅かに視線を逸らして誤魔化したように見えたのが少しだけ気になり声をかける。
「なにかあった?」
「……っ。別に、なにも。まあ、そのうちお前には話そうと思ってたけど、今はまだちょっとな。そのうちな」
「? わかった」
なにか言いづらいことだろうか。しかし御調がそう言うのなら、きっと近いうちに話してくれるだろう。わざわざ問い詰めることはない。
「お前は? 真宙。なにしてたんだ?」
「ん? ああ……」
言って、周囲を見渡した。
この人ごみだ。見逃してはいけないと、辺りに視線を配りながら、言う。
「――桜良を、探してるんだ」
朝からずっと探していた。いや、あの初詣の夜、あの後別れてから一度も桜良には会っていない。どこを探しても姿がない。
それが不安だった。
『桜良はもういない』
かつて言われた御調のその言葉が、和花のその言葉が、周囲からのその言葉が、やけに頭に響いて、それを打ち消すように真宙は一人、街を歩いている。
そしてその言葉を聞いて、御調も真宙の行動の意味を瞬時に理解した。
瞬間、今までのちょっとだけ気まずいが元に戻りつつあった空気が一変した。
「……は?」
明らかに怒気を孕んだ声だった。
御調は真っ直ぐに真宙の目を見る。その彼の瞳は、あの日の公園にいたときと同じ瞳をしていた。
「お前、まだそんなこと言ってんのかよ……っ」
「御調……」
その瞳に気圧されて一歩引いてしまった。そしてその分、御調が一歩詰め寄る。
「お前まだ、そんなことを……っ」
同じセリフを、しかし二度目は込められた感情がまったく違った。
怒気を含んでいた一度目とは違い、この二度目は悲しみが色濃く感じられた。そして今にも泣きだしそうな瞳をしたまま御調は続ける。
「真宙……っ。頼むよ、真宙……っ」
泣き出しそうな御調の声色に、周囲も二人へ奇異の視線を向ける。どうして御調はそんな目をするのか。なにを泣き出しそうにしているのか。
「お前がそんなんだから、俺は、古賀は……」
「御調……」
「真宙。桜良は、桜良は、もう……――」
「――先輩?」
人ごみの向こうから声がした。
真宙と御調はその声のほうへと視線を向ける。そこには和花の姿と、探していた彼女が立っていた。
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