5-3

「…………ぇ?」

 御調の言葉を受けて、和花の口から真っ先に出たのは気の抜けたようなそんな言葉だった。

 彼は今なんと言った? 和花の聞き間違いでないのなら、御調は今、『好きだ』と言った。では誰に? 『古賀のことが』と御調は言った。ではその『古賀』とはいったい誰のことだ……?

 それを告げた御調の視線は真っ直ぐに和花に向けられている。顔が僅かに紅潮して見えるのは、冬の寒さのせいか、それとも別のなにかか。

 御調の視線が、直前の言葉が、誰に向けられたものなのかを如実に語っている。

(飯塚くんが、私を……?)

 未だ思考が追いつかない。突然のことに嬉しさや驚きよりも困惑が勝っている。和花自身、御調にそんな風に見られているとはまったく考えたことがなかったからだ。

 だが御調は言った。和花のことが好きだと。ずっと好きだった、と。

(好き……飯塚くんが、私を……好き……?)

 頭の中で何度も何度も御調の言葉を繰り返す。

そしてどれくらいの時間が経っただろう。一分か、一時間か、もしかしたら数十秒程度しか経過していないかもしれない。時間の感覚が曖昧になっている中で、それでも彼の言葉の意味だけは理解した。

子供ではないのだ。当然、好きの意味も理解している。

「……っ」

 理解して、そしてその瞬間から和花の心臓が苦しいくらいに鼓動を速めた。それに呼応するように体温は上がり汗が滲む。肌を斬りつけるような寒さすら感じなくなっていく。

(えっと、あの……どう、すれば……)

 言葉の意味は理解した。しかしなんと返答したらいいのかがまるでわからない。

 お礼を言えばいいのか、喜べばいいのか、それとも冗談めかして返せばいいのか。

 だが御調は本気だ。なにせ今までの付き合いの中で見たことがないほどの真剣な眼差しが、和花のことを捉えて離そうとしない。

 一つだけわかるのは、そんな真剣な御調の言葉には自分も真剣に答えなくてはいけないということだけだ。

(私は…………)

 真剣に御調の気持ちを考える。だがしかし考えれば考えるほど、頭には一人の少年の顔が浮かぶ。

 粕谷真宙。中学時代からずっと好意を寄せていた少年だ。

 今は喧嘩に近い状態になってしまって連絡を取ることを避けている。だからといって真宙への気持ちがなくなったわけではないし、むしろ真宙への気持ちがあるからこそ、真宙のことを想って学校であんなことを言ってしまったのだ。

 御調の気持ちは、落ち着いてきた今の状態では素直に嬉しく思う。中学時代からの付き合いで、気が合って、一緒にいて楽しい友人。今日だってこうして落ち込んでいる自分を心配して初詣に誘ってくれた。とても優しい男の子だ。そんな彼から好意を向けられて嬉しくないはずはなかった。

 だが真宙への気持ちだって本物で、他の異性に告白されたからと言ってその場で今までの想いを捨てることは和花には出来ない。

「……っ」

 苦しかった。

 御調の想いにすぐに答えられない自分も、御調の気持ちと真宙への気持ちで板挟みになっていることも、叶わないと知りつつ真宙のことを想い続けている自分の気持ちにも。

 どうしていいのかわからなかった。

 ラクになりたかった。どうしたらラクになれるのだろうか。ここで御調の言葉に頷けばラクになれるのだろうか。真宙への気持ちを忘れることが出来るのだろうか。いや、そもそもラクになんてなってもいいのだろうか。

「……」

 わからない。わからないわからないわからない。

 頭の中は熱に浮かされたようにふわふわと、そしてグチャグチャとしている。

「――そんな顔させない」

「え?」

 ふいに放たれた御調の言葉に訊き返す。御調は真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに和花の瞳を見据えている。

「そんな顔、俺ならさせない」

 言われて気づいた。

 今の自分の表情は歪んでいる。色々な感情からくる苦しさによって表情が歪んでいる。それはとても告白をしてくれた友人に対して見せるものではなかった。

「……古賀の気持ちはわかってる。でも俺はただの友達か? 俺はそれ以上にはなれないか?」

「飯塚、くん……」

 御調のことが嫌いなど、そんなことは断じてない。

 もしも真宙という存在がいなかったら、真宙と桜良が付き合った時点で彼への気持ちをすっぱりと諦めることが出来ていたら、和花の恋が御調に向いていた可能性はきっと十分にあった。

 でも現実は違うのだ。

 真宙がいないなんてことはないし、真宙への気持ちがキレイさっぱり消えたなんてこともない。

 でも断り切れない。御調の気持ちを切り捨てることが出来ない。

「古賀」

「……うん」

 再び名前が呼ばれる。

 和花のことを呼んだ御調の瞳はどこまでも真っ直ぐで、真剣で、一つの決意に満ちている。

「考えてみてほしい」

 たった一言。

 その一言に、御調の気持ちが感じられた。

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