5-2

 和花に想いを告げる。

その決意をした。お守りも買った。神頼みもした。準備は、万端とは言えないかもしれないが出来ることはしたつもりだった。

 ならばあとは、いつ和花に想いを告げるのか。

 あの今年初の雪が降った日。御調はその年の大晦日、つまり今日この日に和花のことを誘うことが出来たのなら想いを告げると決めていた。

 そして和花は御調の誘いに応じてくれて、そして一緒に年を越すことが出来た。

 決意もした。お守りも買った、神頼みもした。

 あとはもう、自分が勇気を出すだけだ。

「…………」

 神社からの帰り道。人通りの少ない夜道を二人は並んで歩く。

 会話がないのは御調が緊張から口数が極端に減っているからだ。一歩進むたび、和花の家に近づくたび、御調の心臓は速さを増す。

 それをなんとなく察して困惑してか和花も黙ってしまい、いつしか二人の間からいつもの空気感が消えていたのだ。

 だが御調にそれを取り繕う余裕はない。なにせ人生で初となるビッグイベントが目の前に迫っているからだ。

「…………はぁ」

 緊張から無意識に吐き出した息は白い。その吐き出した息を見ながら、神社で買った恋愛成就のお守りを握りしめる。

 このまま黙っていてもなにも変わらない。むしろ一歩ごと、時間が経つたびにチャンスは失われ、そしてこの機を逃せばこの決意はきっと鈍ってしまう。そうしたらもう、想いを告げようと思うことはないかもしれない。機会は訪れないかもしれない。

(…………わかってんだ。わかってんだけど……っ)

 何度も和花の名前を呼ぼうと口を開きかける。声をかけようとその横顔を見る。しかし彼女の横顔を見るたびに、これから自分がしようとしていることを意識させられて言葉に詰まる。

 あと一つ。あと一つなにか、背中を押してくれるものがあれば……。そう思う。

「……飯塚くん」

 男らしくなくそんなことを考えていると、和花のほうから御調へ話しかけてきた。いきなりのことに変な声を上げて御調は返事をすると、和花は真っ直ぐ前を向いたまま言う。

「改めて、今日はありがとう。あ、もう昨日かな? ……まあどっちでもいいや。とにかく、ありがと」

「いや、別に……」

「あのままじゃきっと、私は暗い気持ちのまま年を越してた。どんどん落ち込んで、みんなに会うのも気まずくなって、新学期になっても私の方から避けちゃって、きっと今まで通りの関係ではいられなかったかもしれない。でも今日、飯塚くんと久しぶりに会って、話をして、凄い気持ちが軽くなった」

「そっか。それは誘って良かったよ」

 和花の言葉に嬉しさが込み上げる。今日、告白をするとは決めていたが、やはり一番は和花の気持ちを少しでもラクにしてやることが目的だった。それが達成できて、こうして笑ってくれて、本当に良かったと思う。

「こうして二人だけで出かけるのもなんだか新鮮だったしね。いつもはほら、四人でいることが多かったから。四人で一緒にいるのはもちろん楽しかったけど、でも飯塚くんと二人だけっていうのも良いね」

「――っ!」

 その言葉は意識的なのか無意識なのかはわからない。和花の性格的にきっと無意識だったようにも思う。

 でもそう言った和花の表情に御調は懐かしさを感じた。

 真宙との一件があるまでは、学校が冬休みに入るまでは、もっと遡れば桜良がいなくなってしまうよりも依然に和花が見せていた表情。それを思い出させるような表情。御調が想いを寄せ、ずっと望んでいた表情。

 本当に懐かしく、御調の胸を締め付ける。

 そしてその締め付けがなにかを破壊したような感覚があった。御調の足を止めていたなにか。まるで地面にしがみつき足を止めていた自分の影を、強い光が照らして消し去るような。そんな足の軽さ、気持ちの軽さを感じた。

(ああ、そうだ……)

 想いを告げるという決意が知らず知らずの内に色々なものを見えなくしていた。でも和花の言葉で照らされて、見えなくなっていたものが見える。そこには当然、自分自身の一番の望みもある。

「……また、遊びに行こう」

「うん、そうだね。今度は秋那ちゃんと粕谷くんも誘って四人で――」

 真宙も、桜良も、秋那も、関係ない。

 諦めて、押し殺して、見ないようにしていた感情。

 それはとても単純な、たった一つの想い。

「いや、二人で行きたいんだ。古賀と、二人だけで」

 もっと一緒にいたい。

 もっと二人でいたい。

 ただ求めていたのは、それだけだ。

「……え?」

 ピタリと和花の足が止まる。御調が和花よりも数歩だけ前に出て、振り返る。

 夜空の下、冷え切った空気の中の彼女は、今まで見たどんな彼女よりも美しく見えた。

「好きなんだ」

 その言葉が最後の鍵だった。

 その言葉が口から出た瞬間、御調を縛っていた全てのしがらみが消え去る。

 その言葉をきっかけに、御調の中にある全ての感情が湧き上がる。

 そしてその全ての感情を込めて、告げる。

「俺は、古賀のことが好きだ。ずっと、好きだったんだ」

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