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 あれから。

 古賀和花は考えている。

 粕谷真宙という少年が、今でもまだ桜良のことを想っていること、気持ちが変わってはいないことはよく理解している。

 自分の想いが届かないことも、真宙にあんなことを言えば、今の彼がどんな反応を示すのかも、わかっているつもりだった。

 だからずっと口に出来なかったし、御調とも話して少し様子を見ようということに落ち着いていた。もしかしたら時間がなにかを解決してくれるのではないか、そんな淡くて都合の良いことを考えていたからだ。

 でも現実はそんなに甘くはない。

 真宙の症状は時間の経過につれ悪化していったし、桜良に瓜二つの秋那が姿を現したことでそれはさらに加速した。

 だから焦ってしまったのだ。このままではいけないと。早くなんとかしないと真宙が本当にどうにかなってしまうと思えて怖かった。

(……ううん、違うよ……)

 真宙のことを考えていたのは本当だ。心配していたのは本当だ。元気になってほしいと願っていたのも本当だ。

 でも純粋にそれだけを考えていたわけじゃない。

 正直、打算があった。

 ほとんど諦めていた真宙への気持ち。桜良がいる限り真宙が自分を見てくれることはない。自分の願いが叶うことはない。でも桜良がいなくなることを望んだことなんてなかったし、自分よりも桜良といるほうが真宙には合っていると思っていた。

 だからこれでいい。きっと今の形こそ一番みんなが幸せになれるんじゃないか、心地よい関係のままでいられるんじゃないか。そんなことを考えて、諦めて、強引に自分の気持ちを納得させていた。

 でもだからといって、それで気持ちの全てに整理がついて決着がつくわけじゃない。気持ちが消えるわけじゃない。ただその気持ちを心の奥底に押し込めていただけに過ぎないのだ。

 だが桜良はいなくなってしまった。

 もちろんその事実は悲しいし苦しい。今でもそれは変わっていない。しかし同時に心の奥底の蓋が僅かに空いたのも事実だった。そして一度蓋が開いてしまえば、それは自分でも気づかないくらい少しずつ広がっていく。

 一瞬だ。本当に一瞬。『もしかしたら』と思ってしまったのだ。

 そして真宙が、桜良がいなくなったことを前向きに捉えてくれるのなら、残りの傷は自分が一緒にいて癒してあげられる。その助けになってやれる。そうしたいと、本当に一瞬だけ、考えてしまったのだ。

 きっと和花にとってそれは無意識の出来事だ。でもそれが無意識だったがゆえに、自分でも気づかないうちに穴は広がり、そしてそこを塞ぐ蓋もなくなり、感情がいつでも漏れ出る状態になっていた。

その結果、御調との約束を忘れ、言うつもりのなかったことを口にし、真宙の言葉に勝手に傷ついて、御調や秋那に心配をかけている。

 あの日、あの後、御調と秋那に家に送り届けてもらってからほとんど部屋から出ていない。メッセージも何件か来ているが、御調と秋那には『大丈夫』なんて嘘の返信をし、真宙からのメッセージは既読をつけてすらいない。

(なにしてるんだろ、私は……。最悪だ……)

 悲しいのは真宙なのなに。辛いのは真宙なのに。苦しいのは真宙なのに。それなのに、その傷に善意を装って入り込み、そして自分の気持ちと願いを叶えようとした。一度はちゃんと諦めたはずだったその願いを。

(粕谷くんのことなんて、ちっとも考えてないじゃん……)

 本当に嫌になる。こんな自分が、嫌になる。

「……桜良ちゃんなら、きっと……」

 自分と桜良は違う。

 桜良ならたぶん、同じ言葉を口にしても、それはおそらく本当に真宙のことだけを想っての言葉だったに違いない。

 なにせ彼女はそういう人間だ。誰か悲しみ、苦しんでいる人間が近くにいたら、自分の都合なんてお構いなしでその人を助けに行く。そんな聖女のような人なのだ、桜良は。だからこそ和花は憧れたし、真宙は桜良に想いを寄せ、そしてなにより、桜良は真宙と結ばれた。

「……私とは、違うんだ」

 勝てない。勝敗は明白だった。

 いや、元々、勝負することすら逃げていた。だから諦めていた。今は不幸より生まれた空席に座ろうとしていただけなのだ。そんな都合の良いこと、上手くいくはずなんてないのに。

「……」

 先日の秋那の話を思い出す。

協力してほしいと彼女は言っていた。その内容も聞いた。その上で協力することを彼女に告げた。しかしこんなことではとてもじゃないが協力なんて出来ない。したとしても上手くいくなんて到底思えない。

「…………はぁ」

 溜息交じりにベッドの上で体制を変えると、カーテンの隙間から外の景色が見えた。

 雪が降っていた。およそ一年ぶりの雪だ。その雪を見て思う。

 こんな自分、降る雪に埋もれてしまえばいいのに、と……。

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