4-2
「――――っ!」
早朝の自室。そのベッドの中で秋那は目覚めた。
夢を見ていた。
桜良と出かける夢。桜良が事故に遭う夢。桜良の、最後の夢。
桜良がいなくなってから、秋那はその日のことを、その瞬間のことを度々夢に見る。それはまるで罰を与えられているような気分だった。
あの日、秋那のことを誘ってくれたのは桜良だった。しかしそもそも、秋那が真宙に対して嫉妬なんてしなければ、桜良にそれを悟られなければ、自分がもっと桜良のような大人の女性になれていれば、あの日、二人で出かけることはなかった。桜良が事故に遭うこともなかった。
誘ったのは桜良でも、原因を作ったのは秋那だ。だから「悪いのはお前だ」と、顔も知らない誰かに言われ、その罰として苦しい夢を見続けているのではないだろうか。
「……お姉ちゃん……」
朝一番に発した声は涙で湿っていた。頬を触ると冷たい感触が指に伝わる。
いつもそうだ。桜良の夢を見るたび、秋那は苦しみと、悲しみと、罪悪感の中で目が覚める。
「お姉ちゃん……っ」
桜良を呼ぶ。しかし当然、返答などない。
もっと姉と一緒にいたかった。どんなときも後ろをついていきたかった。姉のことが好きで尊敬していた。
(ああ……)
そしていつも思うのだ。
(あたしが、事故に遭えばよかったのに……)
――と。
上半身を起こした自分の姿が、部屋の全身鏡に映っている。
そこには寝ぐせだらけで酷い表情をした自分の顔があるが、そんな状態でもやはり秋那と桜良は瓜二つの顔をしている。
(……どうせ顔が同じなら、お姉ちゃんが元気でいたほうが良かったのに……)
桜良がいなくなって全てが変わってしまった。
楽しかったはずの毎日は、とても空虚でつまらないものになった。
仲の良かった家族の心にも大きなダメージが残った。
両親から笑顔が消えた。口数が減った。一緒に過ごす時間が短くなった。そして、両親は自分たちで気づいているのかどうかわからないが、秋那の顔を見ると一瞬だが今にも泣きだしそうな顔をするようになった。
似ているから。秋那と桜良は色々なものが似すぎているから。違うとわかっているはずなのに、どうしても桜良の面影を秋那に見てしまうから。だから一緒にいる時間すらも減っていった。
でもそれは秋那自身も同じだ。
今もこうして鏡に映った自分の顔を見て、自分の顔だってわかっているはずなのに、そこに桜良を見ている。こんな寝ぐせでボサボサの頭の桜良を見たことはない。こんな疲れ切った顔を桜良はしない。こんな苦しくて泣き出しそうな表情を桜良は浮かべない。
わかっているのに、それでも自分の顔に桜良を見てしまう。
自慢だった。桜良に似ていることが。
嬉しかった。桜良に間違われることが。
大好きだった。桜良のことが。
だけど今は、それらの感情よりも苦しさが上回る。そしていつだって考えている。自分も桜良のところへ行けばラクになれるのではないかと。
方法なんていくらでもある。ちょっと浴室へ行ってカミソリで手首を切ってしまえばいい。キッチンに行って包丁で首元を裂けばいい。桜良がいなくなってすぐの頃、眠れない夜が続いて処方された薬。それを全て一気に飲めばいい。
たったそれだけのことで桜良の下へ行くことが出来るかもしれない。そうすればラクになる。そうすれば幸せかもしれない。少なくともこんなに苦しい毎日を生きなくていいことは間違いない。
「……」
ふと、机の上に一本のカッターナイフが置かれているのが見えた。
どうしてそんなものがあるのだろうか。自分の物だという自覚はないが、もしかしたら今と同じようなことを考えて知らず知らずのうちに買ったのかもしれない。
「……ま、どうでもいいけど」
秋那はそのカッターナイフに手を伸ばす。それで手首を切る。きっとそれだけで終われる。終わることが出来る。
『――……ね、あきな……お願い……ある、の……――』
「……」
だけど、その伸ばした手を優しく遮るように、桜良の言葉が頭の中で聞こえるのだ。
いつだって、どんなときだって、桜良のその言葉が聞こえる。
「…………っ」
伸ばしていた手を引っ込め、拳を握る。爪が食い込むほどに強く、強く。
そしてあの日、あの瞬間、最後に桜良が秋那に伝えたことを思い出す。それは一言一句違わず、今も秋那の胸に刻まれている。
「…………ほんと、嫌になるよ」
桜良の最後の願い。秋那は、それを託された。だからきっとその願いは秋那にしか叶えることは出来ない。
そしてその願いは、世界で一番大好きな姉からの、秋那への最後のお願い。
「そんなの……叶えるしか、ないじゃん。……ねぇ、お姉ちゃん」
悲しい。辛い。痛い。苦しい。
だけど、秋那にはやらなくてはいけないことがある。
「……っ」
秋那はベッドから出て部屋のカーテンを開ける。すると目の前は今年初めての雪が降っていて真っ白になっていた。
降る雪を見ると身体が寒さを認識して震える。
「……こんなに雪が降ってるのを見るの、これが最後かな」
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