第7話(1/3)「『傲慢』は貴族の義務である」

 

 アムレート公爵家から学院までは、速度よりも乗り心地が重視される貴族の馬車で十五分ほどを要した。十分に近いと言える距離だろう。


 この国の貴族は――地方に領地を持つ者も辺境に居を構える者だろうとも――例外無く王都の貴族街に別邸を所有しており、学院に通う生徒らはそれぞれの住まいから毎朝登校していた。隣国の「学園」のように在校生を幾つかの寮に分けて押し込めて集団生活を強いるような事はなかった。学院は貴族の学び舎だ。生徒一人につき一人の付き添いも認められていた。テルマで言えばロウセンであり、クラウディウスはキルテンを付き添わす事にしていた。


 大きな校門の前に着いた。テルマとクラウディウスを乗せていた馬車が停まる。


「――テルマお嬢様」


 ロウセンに声を掛けられてテルマははっとする。


「クラウディウス。もう良いわ。手を離して頂戴」


「え……でも。まだ……」


「もう学院に着いてしまったのよ」


 テルマはふっと笑ってしまった。クラウディウスはしゅんと眉を歪める。


「クラウディウス様」


 キルテンに声を掛けられて「はあい」と渋々、クラウディウスは馬車を降りた。


「では。テルマお嬢様も」


「ええ」


 先に馬車から降りていたロウセンの手を借りてテルマもアプローチへと降り立つ。馬車が停まったのが校門の真ん前ならテルマが降りた場所も通学路の真ん中だった。テルマェイチ・アムレートは公爵家の令嬢なのである。それらは当然の行動だった。


 公爵は王族に次ぐ最高位貴族だ。その御令嬢が御登校となれば、最上級生の主席であろうとも道を譲る。下手にテルマが校門から離れた場所に馬車を停めたりすれば、公爵よりも下の位となる貴族――つまりはほぼ全ての生徒達がそれよりも更に離れた場所に馬車を停めなければいけなくなり、テルマが広い通学路の端を歩けば他の皆は舗装されている通学路自体から外れて隣の花壇の中でも歩くしかなくなってしまう。


 上位の貴族を差し置いて道の真ん中は勿論、主従関係にも無い者がそのすぐ後ろを歩くような事も「いずれは追い付く」や「すぐに同格となる」といった意に取られて不興を買わぬようにと気を回してしまい、誰も「通学路」を歩けなくなってしまう。


 偉い立場に居る人間は偉ぶらなければいけない。そうしなければ周りが困るのだ。


「クラウディウス。そんな所に立っていないでもっとこちらにいらっしゃい。背筋を伸ばして。前を見て。堂々と歩きなさい。――あなたはわたくしの妹なのだから」


 テルマのそれは傲慢ではなく義務であった。



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