第6話(3/3)「見ざる聞かざる言わざる眠りメイド(+アルカイック・スマイル)」

 

 クラウディウスの魔力治療は相手の地肌に触れていないと出来ないらしい。昔話で語られるような「癒やす効果のある光」を作り出して負傷者に当てたりや辺り一面を照らし上げるといった「治癒魔法」とは全くの別ものなのだそうだ。詳しくは実技の授業で当人がこれから学ぶだろう。「らしい」や「だそうだ」と曖昧な話ではあったが、今はまだクラウディウス本人も良く分かってはいない事を更に聞かされただけのテルマにはもっと「良く分かっていない」事だった。


 二人が「姉妹」となって半年――「まだ半年」であり「もう半年」でもあった。


 この半年の間、何事にも控えめなクラウディウスの手をテルマが引いた事は何度もあったが、クラウディウスの方からテルマの手を握られた――正確には包み込まれているといいますか、テルマにしてみれば捕まえられている感が強いのだけれどももう「握る」で良いでしょう?――のは今回が初めての事かもしれなかった。


 お父様の手のように大きくもゴツゴツもしていなかったが、何だろうか――昨夜の風呂場でクラウディウスの性別を知ってしまったせいなのだろうか、自分の見る目が変わってしまっただけなのだろうか。そう思うと何だか自己嫌悪にも似た嫌な気分となってきてしまいそうだけれどもそうではなくて――胸がどきどきしていた。


 今と今迄の違いは、テルマがクラウディウスの本当の性別を知ってしまっているという事だけではなかった。テルマの手を握るクラウディウスが自らの手にしっかりと力を込めているという事があった。


 これまでの場面では握り返される事無くためらいがちに添えられていただけだったクラウディウスの手が今は優しく力強くテルマの手を握っていた。


 思えば、公爵家の令嬢で一人っ子でもあったテルマは同世代の誰かに手を握られるという経験はした事がなかったかもしれない。忙しくしている父や病弱だった母とも数えるくらいしか手を繋いだ事はなかった。


 ダンスの練習で手を取られるのとも違う。誰かに手を握られるという事がこんなにも心をかき乱すものだったなんて知らなかった。


 初めての事だからだろうか。経験を積めば慣れるものなのだろうか。


 経験を積むという事はつまり、何度も手を握られなくてはいけないという事で……慣れて平気になる前にわたくしの心臓は爆発してしまうと思うのです。だって。今が限界。もう無理だから……。


「――大丈夫です」


 遠くからクラウディウスの声が聞こえた。手と同じ。力強くて優しい声だった。


「お姉さまが何のご病気だったとしてもゼッタイにわたしが治しますからっ」


 胸が騒がしい。熱い。まぶたが重い。足の裏からにじみ出ている汗が気持ち悪い。


「ああっ!? お姉さまのお顔がまた更に赤く――っ? だ、大丈夫ですからねっ」


 気が遠くなってきていたテルマの隣でロウセンは目を閉じていた。その向かいではキルテンが微笑んでいた。


 だから。きっと本当に「大丈夫」ではあるのだろう。どきどきのし過ぎでこの胸が壊れてしまうような事は無いのだ。安心。あんぜん。だいじょるぶ……。


 テルマはくらくらとしている頭でそんな事を考えていた。



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