第5話(2/2)「姉妹、一晩会わざれば」
半年前に公爵家の養子となったばかりで貴族社会の常識にはまだまだ疎いであろうクラウディウスでも講習が主の座学では悪目立ちのしようもないであろうから、残る実技の授業で聖属性の魔力を暴発させる等して耳目を集めたりさえしなければ彼女が聖女候補だと思われてしまう事はないだろう。
「――そうね」
テルマは頷いた。パジャマから学院の制服へとロウセンに着替えさせられながら。
「クラウディウスには申し訳ないけれども入学式では少しだけ力を抑えてもらって。実技の授業はわたくしと同じものを受けられるようにして。授業ではわたくしがフォローをするようにすれば」
聖女候補だとバレて、聖女だと認められて、慣例として王族に嫁いだところ、実は男性であったとバレて、それはもう大騒ぎになって、その責任をアムレート公爵家が取るというような事にはならないで済む――はずだ。
「学院に向かう前に。まずはクラウディウスと話をしましょう」
そう呟いて自室を出たテルマだったが、
「お姉さまっ。お体の具合はいかがですか? あ、おはようございますっ」
姉の起床を廊下で待ち構えていたらしきクラウディウスと顔を合わせるや否や、
「クラウ――ッ!?」
朝の挨拶を返す事も忘れて一歩、二歩、三歩と後ずさってしまった。
「――ロウセン」
あたかも風呂上がりのように顔を上気させて額に汗までにじませていたテルマに声を掛けられたロウセンがそっと開け止めていたドアを閉める。間に一枚の華美な板を挟んでこちらにテルマとロウセン、あちらにクラウディウスと分かれてしまった。――クラウディウスの斜め後ろにはきちんと彼女の専属メイドであるキルテンの姿もあったがテルマの目には全く入っていなかった。
「あれ? お姉さま? お忘れ物ですか?」
閉じられたドアの向こうから困惑気味なクラウディウスの声が届く。
「ご、ごめんなさいね。クラウディウス。少し……待って。いえ。あの、先に食堂へ行っていてくださると……」
しどろもどろにテルマは応える。普段のテルマからは考えられぬというか、彼女があろうと心掛けている理想の「姉」像からは掛け離れた対応となってしまっていた。
しかもその声は出している本人が思っている以上に弱々しくて、華美なだけで防音機能は無いはずのドア一枚にほとんど阻まれてしまっていたのだった。
「えっ? なんですかっ? お姉さまっ?」
「あ……その……ええと……」
忙しなく目を泳がせて、大きく動揺してしまっている主人に代わり、
「――キルテン」
ロウセンが声を上げた。張り上げたような大声ではなかったがドア一枚くらいなら間にあろうとも全く問題にならないような非常に通る声だった。
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