第4話(2/2)「お姉さまは見目麗しい妹の夢を見る」
「でも……」
「いつまでもそのままでいらっしゃるとお風邪を召されてしまいますよ。さあ。参りましょう。ここでクラウディウス様まで倒れられてしまったらテルマお姉様は大変に心配されますから。それこそクラウディウス様が倒れられたのは自分のせいだと気に病まれてしまうかもしれませんよ」
「そんな」
「はいはい。泡の準備は出来ましたから。お座り下さい」
クラウディウスの言葉は聞き流して、キルテンは幼い主人の体を洗い始める。
入浴の手伝いは専属メイドの仕事の一つだった。
クラウディウスがアムレート公爵家にやったきたその日から今日までの半年間、キルテンはまさに毎日、クラウディウスの体を洗ってきた。その裸を見てきた。そう。キルテンは知っていたのだ。「彼女」は男性であると。半年も前の最初の日から。
「クラウディウスに淑女としての振る舞いを教え込め。クラウディウスを淑女として扱い、クラウディウスには淑女として扱われる事に慣れさせろ」との命を受けていたキルテンは「淑女、淑女、淑女」と重ねて言われていた事から、
「旦那様もテルマェイチ様も執事長もメイド長もロウセンさんも皆々様、クラウディウス様の性別は御存知の上で淑女たらしめようとしているのかと思っておりました」
自身、風呂場で「彼女」を真っ裸にするまで全く分からず疑いもしていなかったその真の性別を「周知の事実」だがしかし誰も口には出さない「公然の秘密」なのだと勝手に捉えてしまっていたのだった。
「少なくとも『姉』であるテルマェイチ様は御存知なかった。それと、二人きりでの入浴を承諾したロウセンさんも知らなかったのでしょう」
となると「周知の事実」でも「公然の秘密」でもないという事になるのか。
どういうつもりで旦那様は美しい男児を淑女に仕立て上げようとしているのか。
それとも旦那様まで「彼女」の性別を知らないのか。
「……難しい事は分かりませんが。私は私の命じられた仕事を全う致しましょう」
キルテンは幼き淑女の玉の肌を丁寧に磨き上げる。静かな笑顔で命じられた仕事を命じられた通りにこなす事が出来る使用人の鑑であった。
クラウディウスはわたくしの妹――嘘ではなく、自分に言い聞かせる為にでもなく心の底からそう思っていたはずなのに。テルマはその夜、夢を見た。
金色の長い髪をした見目麗しい男性に「お姉さま」と囁かれる夢を見た。
その男性は裸だった。気付けば自分も裸になっていた――いや、始めから裸だったのか?
「お姉さま」
男性が手を伸ばす。テルマはその手を取れなかった。取りたくなかったかどうかも分からない。テルマはただ固まってしまっていた。
行き場を失くしたその手を男性は引っ込めるではなく、
「お姉さま」
そっとテルマの頬にあてがった。冷たい手だった。テルマの熱が上がる。
「く、クラ――ッ!?」とその夢の中で気を失うのと同時にテルマは目を覚ました。夢から覚めた。
「……な、なんなの……」
ベッドの上、起こした体を更に折る。立てた膝に額を押し付ける。息が漏れる。
夢からは覚めて尚、テルマの顔は熱いままだった。
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