第3話(4/4)「聖女様って男性でもなれるのかしら?」

 

「そうですね。クラウディウス様はまだ学院にも通われていませんから。世間的にはその存在を知られておりません」


 クラウディウスは現在十二歳。本格的な社交界デビューにはまだ少し早い年齢ながら高位貴族の子供ならば誕生会などの比較的小規模なパーティーを主催する事で貴族社会に対して実質的なお披露目を早めに行うという事も珍しくはなかったが、当の本人が不特定多数の人間の前に出る事に関して消極的であった事も言い訳に加えて、清廉で高潔な聖女候補としての演出といった意味合い色濃く、クラウディウスは俗世的な社交の場には未だ一度も参加してはいなかった。


「――ですが。王家を始めとした上流階級の方々は一様に耳が早くて情報には敏感でいらっしゃいますから。アムレート家が養子を迎えた事、その少女が聖女候補である事自体は広く知られてしまっているとは思います」


「ええ。ええ」とテルマはロウセンの話を咀嚼する。


「ただそれらは各家が独自に入手したあくまでも『噂話』です。公式的な文章でもなければ正式な報告でもありません」


「つまり……?」


「アムレート家が養子に迎えた少女は『ただの少女』であり聖女候補などではないとしらばっくれてしまうというのも一つの手だとは思います。今ならばまだ『聖女』の情報は先方の勝手な勘違いであり覆してしまったとしても騙した事にはなりません」


「…………」と少しだけ考えてからテルマは「でしたら」と言ってみた。


「もうクラウディウスは男性であると公表してしまってはどうかしら?」


 しかし「残念ですが」とテルマの提案は即座に否決されてしまった。


「明日から始まります学院に提出済みの必要書類には女性と書いてしまっておりますし、男性用の制服を今から手に入れようとしても今夜の明日では間に合いません」


「何よりも」とロウセンは口を大きく動かした。


「クラウディウス様御当人が自身を女性であると信じておられるようですので」


「……そうね」


 テルマは頷いた。


「クラウディウスはわたくしの『妹』でしたわね」


「…………」とロウセンは頷くように目を伏せた。


 テルマは呟く。


「せめて学院では聖女候補だなんだと思われないようクラウディウスには出来るだけ目立たないように過ごしてもらわなくてはね」




 ――ふと、


「そういえば。お父様は知っていたのかしら? クラウディウスの性別」


 テルマの脳裏に父――ゲルトルデ・アムレートの顔が浮かんだ。


 近頃は仕事が特に忙しいようで最後に顔を合わせたのはもう十日も前になる。


「……今度、聞いてみましょう」


 事が事だけで人づてや手紙では尋ねられない。


 この家の中の誰と誰がクラウディウスの本当の性別を知っているのかそれとも誰も知らないのかテルマには何も分かっていなかった。



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