第2話(3/3)「傾国の狐。歌う烏。クラウディウス・アムレート」
「もう大丈夫よ。落ち着いたわ。ありがとう、ロウセン」
「お役に立てましたのなら幸いにございます」
必要以上にうやうやしく頭を下げてみせたロウセンの目はすっかりと乾いていた。
「それにしても。お風呂場で何があったのです?」
ロウセンの声色が変わる。
「――オ****があったのよ」
「……お嬢様?」
ロウセンの声色が更に変わった。反射的にテルマは強く首をすくめる。猛烈な寒気が走ったのだ。テルマは慌てて言い立てる。
「嘘じゃないのよ。冗談じゃないの。本当に。本当にオ****があったのよッ」
「……順を追って話してみてください」
呆れたみたいにロウセンが息を吐いた。およそメイドが主人にとって良い態度ではなかったがテルマは注意をするでも憤るでも不快に思うでもなく、ほっと緊張を緩めただけだった。
「――というわけで。クラウディウスは自分が女で。オ****もそのうちにポロッと取れると信じ切っているようだったわ。でも――そんな事はありえないわよね?」
目で見た事実を伝えた後にテルマは自分の考えも添えて同意を求める。
「ありえませんね」とロウセンは即答してくれた。
「そうですね。他国には性別を変える秘術があるとか聞いたこともございますが」
「えッ?」
「どうも眉唾――非常に疑わしい話でした。面倒な儀式を経ても成功率は高くないとか。まあ『そんな事までも出来る』という見栄や虚勢に『でもやらない方が良い』という逃げ道も用意されていた話でしたので。十中八九は嘘でしょう」
「そうよね。男に生まれた人間が自然と女に変わるなんて。ありえないわよね」
「現実には。そうですね。それこそ伝説やおとぎ話の世界ででしたら居られますが。『傾国の狐』は少年が絶世の美女となりますし『歌う烏』などは場面に合わせて男と女を行ったり来たりしていますね」
「止めて頂戴。わたくしの大切な妹と悪役の魔物を同列に並べないで」
テルマはむっとしてロウセンを強く見た。主人から叱責を受けたロウセンだが、
「大変に失礼を致しました」
何故か満足気に微笑んでいた。
「……何よ?」とテルマは訝しむ。
「クラウディウス様が男性であったとしてもテルマ様にとっては『大切な妹』であるとお聞かせて頂きまして。ロウセンは大変に喜ばしく思ってしまいました次第です」
ロウセンはまた少しばかり丁寧が過ぎるような言葉遣いで答えた。
「それは……」と数瞬の間を挟んでから「――そうよ」とテルマは頷く。
「クラウディウスに悪意は全く感じられなかったわ。わたくし達を騙しているという自覚も無いのでしょう。クラウディウスはクラウディウス。わたくしの『妹』だわ」
ロウセンに上手くしてやられてしまった気がしないでもないが。テルマは気持ちの整理が出来てしまった。クラウディウスはクラウディウス。テルマは自分が口にした言葉を心の中で反芻してまた一度、深く頷いた。
残るは実際問題だ。
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