第2話(2/3)「傾国の狐。歌う烏。クラウディウス・アムレート」

 

「――何かございましたか? テルマお嬢様」


 テルマの専属メイドであるロウセンの声まで聞こえてきた。もはや耳までも――と自己暗示的に深い衝撃を受けてしまったテルマはこの信じ難い現実から逃げるが如く、すぅー……と静かに意識を失ってしまった。


「お嬢様ッ!?」


 珍しく慌てたロウセンの声が聞こえた気がした。


「お、お姉さま……ッ!?」


 クラウディウスの声は聞こえていなかった。もしも聞こえていたならば「姉として妹に恥ずかしい姿は見せられない」と意地で意識を取り戻していたかもしれない。


   


 テルマの専属メイドであるロウセンは普段から、テルマの着替えの手伝いは勿論、入浴時にはその体を隅々まで入念に洗い上げたりとしていた。テルマの裸に対しても風呂場に突入する事に対しても躊躇は無かった。


 ただ今回は「クラウディウスと二人きりで話がしたいのよ」という主人たっての希望を「ですが……。…………。……わかりました」と渋々ながらも了承してしまっていたという経緯もあって「きゃーッ!」というテルマの叫び声から「――何かございましたか?」と伺うまでに時間を要してしまった。ロウセンは悲鳴なら届くも会話は聞こえない距離に控えていたのだ。遠くに居た。主人に対して誠実であろうとし過ぎた事が侍従としては裏目に出てしまった。メイド歴こそ主人であるテルマの人生と同じ十五年を過ぎてもはや新人ではなかったが、その年齢は二十七とまだまだ若いロウセンであった。


「……反省ですね」


 ベッドに横たわる主人を見下ろしながらロウセンは小さく呟いた。


 しかし。混乱してはいたテルマだったが、最終的に彼女が現実から逃げ出してしまう事となってしまったキッカケである「あるはずのない人影」や「聞こえるはずのない声」が自分の仕業であった事には全く気が付いていないロウセンであった。


 しばらくが経って、


「ん……」


 とテルマは目を覚ました。


「……ロウセン?」


「はい。テルマお嬢様。御気分は如何ですか?」


 ロウセンが尋ねる。テルマはゆっくりとまばたきをした後、


「……ねえ。わたくしにもオ****は付いていたのかしら……?」


 とんでもない言葉を口にした。単語然り、その内容然りだ。ロウセンは、


「……お可哀想なテルマお嬢様。倒れられた後遺症で脳に深刻な不具合が……」


 幼き頃より世話してきた主人の残酷な現状を不憫に思うがあまり、よよと泣き出してしまった。


   


 大仰な仕草で涙まで流している芸達者な嘘付きメイドを目の当たりにして、


「……そうよね。そんなわけはないわよね」


 とテルマは正気を取り戻す。ふぅ……と一息をついた。



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