幼馴染の告白を断り続けた話

月之影心

幼馴染の告白を断り続けた話

 高校2年になったばかりのある放課後。

 これといった特徴のない俺、西堂さいどう真人まさとは『学校一モテる美少女』と呼ばれている幼馴染の東雲しののめ博嘉ひろかに呼び出されて体育館の裏口にやって来ていた。


 「お待たせ。こんな所に呼び出してどうした?」


 博嘉は若干頬を上気させたように紅く染め、潤んだ目で俺を見詰めていた。


 「えっと……実は真人に言いたい事があって……」


 「言いたい事?何だよ?てかお前、顔赤いけど大丈夫か?」


 「だ、だだ大丈夫……ふぅ……」


 「目も何か涙目になってるし。」


 「だ、大丈夫だから。」


 「熱でもあるんじゃ……」


 「だーいーじょーおーぶーっ!」


 「そうか?で、何?」


 博嘉が紅い顔をさらに紅くして俺の顔を改めて見詰めながら言った。


 「あのね……私、真人のことが好きなの……だから……私と付き合ってくださいっ!」


 「ごめんなさい。」


 「えっ!?」


 「えっ!?」


 「えっと……私の聞き間違い?何か『ごめんなさい』って聞こえたんだけど?」


 「だったら聞き間違いじゃなくてちゃんと聞こえてる。」


 「え?」


 「え?」


 「えっと……聞き間違いじゃないってことは……私……フラレた?」


 「まぁそうなるかな。」


 「しかも即答で?」


 「うん。」


 博嘉は俺の目をじっと見詰めながら唇をプルプルと震わせていたが、やがてウルウルした目のまま食い掛って来た。


 「なぁんでよぉっ!?何で断ったの?私『学校一モテる美少女』って呼ばれてるんだよ?私と付き合いたいって男子いっぱい居るんだよ?その美少女から告白されて付き合って欲しいって言われてるんだよ?しかも幼稚園の頃から知ってる幼馴染の告白だよ?幼馴染同士が思春期の頃からお互いを意識して実は相思相愛だったって幼馴染モノのテンプレじゃん?幼馴染から恋人への昇格だよ?何で断るのっ!?」


 自分が可愛くてモテてるって自覚はあるんだ。

 まぁそりゃあれだけあちこちの男子から告白されていれば嫌でも分かるか。

 てか幼馴染モノのテンプレって何だよ?

 幼馴染同士が結ばれる可能性の方が圧倒的に低いわい。


 「んー……何でと言われてもな。今は誰とも付き合う気が無いからかなぁ。」


 「そんな事言ってたらあっという間に高校も大学も卒業してブラック企業に就職して出会いも何も無いままアラサーになって鬱になって頼れる人誰もいなくなって孤独死しちゃうんだよ!?」


 「俺の人生えらい悲観的だな。」


 「そうならない為にも今から私とお、おおおお付き合いして慣れておいた方がいいと思うんだけど、どどどどぉかしら?」


 「ごめんなさい。」


 「デジャヴ!?」


 博嘉はもう一度驚いていた。


 「だから今は誰とも付き合う気は無いんだって。」


 「どうしても?」


 「うん。」


 少し思案顔になる博嘉。

 いくら博嘉が考えても俺が誰とも付き合わないってのは変わらないけど。


 「分かった。あんまりしつこくしても悪いし。」


 「あぁ。でも博嘉の気持ちは嬉しいぞ。」


 「うん!それじゃ私は帰るね!」


 そう言って博嘉は疾風のように去って行った。

 切り替えの早さもアイツのいい所なんだよな。

 俺はそんな事を思いながら鞄を担ぎ直して家へ帰る事にした。



 翌日。

 俺は博嘉に体育館裏に呼び出されてやって来ていた。


 「付き合ってくださいっ!」


 「ごめんなさい。」


 「今日もダメかぁ……」


 「うん……っておい。」


 「何?」


 「俺、昨日言ったよな?『今は誰とも付き合う気は無い』って。」


 「言ってたね。」


 「何で今日また告白してきてんの?」


 「だって『今は』って言ったの昨日でしょ?今日になったら気が変わってるんじゃないかと思って。」


 俺は博嘉の顔を唖然として見詰めてしまった。

 博嘉はニコニコと可愛らしい笑顔を見せている。


 「えっと……うん……それは俺が悪かった。申し訳ない。」


 「いいよいいよ。誰だって勘違いはあるし。」


 俺、勘違いしてたのか?


 「だから私の告白が断られたのも勘違いの可能性があるなーと思ってさ。」


 「それは勘違いじゃないから安心しろ。」


 「えへへ~良かっt……て、えっ!?違うの!?」


 「100パー違う。」


 「しょぼーん……」


 「口で『しょぼーん』って言う奴初めてだわ。」


 「やっぱダメかぁ……」


 「何で今日ならイケると思ったのか教えて欲しい。」


 「分かったよ。私は諦めのいい女だからさ。じゃねっ!」


 「お、おぅ……」


 切り替えが早いのは認めるが、諦めがいいかと言われたら……んー……ちょっと……いやだいぶ違うような気がするのは俺だけだろうか……。



 そのまた翌日。

 俺は博嘉に体育館裏に呼び出されてやって来ていた。


 「付き合ってくださいっ!」


 「ごめんなさい。」


 そしてそのまた翌日。


 「付き合ってくださいっ!」


 「ごめんなさい。」


 またまたその翌日。


 「付き合ってくださいっ!」


 「ごめんなさい。」


 とまぁ、こんな感じで博嘉が告白して俺が断るというパターンが何日も続いていたのだが、博嘉は一向に諦める様子が無い。


 「しっかし律義だよなぁ。」


 クラスでもあまり交友関係を築いていない俺に、唯一と言ってもいい友人の南部なんぶ友樹ともきが話し掛けてきた。


 「ホント、いい加減諦めてくれないかな。」


 「え?」


 「ん?」


 「俺が言ったのは、西堂、お前が律義だなぁってこと。」


 「俺が?」


 「そ。付き合う気も無いのに呼び出されたらちゃんと行って告白聞いてあげてるじゃん。」


 「だって博嘉だって毎回色々考えて準備して俺を呼びだしてるわけだろ?行かないのも何か失礼な気がしてさ。」


 「付き合う気も無いのに呼び出しに応える方が失礼だと思うけどな。」


 一理ある。


 「どっちにしても俺は誰とも付き合う気は無いし、毎回断ってりゃそのうち博嘉も飽きるだろ。」


 「そんな簡単なモンでも無いと思うけどな。それより……」


 南部が身を乗り出してくる。


 「ん?」


 「お前に東雲さんと付き合う気が無いなら、俺が告白してもいいか?」


 「は?」


 「いやぁ、西堂の話聞いてさ。あんな可愛い上に一途な子なんてそう居ないだろ?ダメ元で告白してみようかなって思うんだよな。」


 どちらかと言うとイケメンの部類に入る南部だが、こういう所が軽く見られて彼女が居ないんだなと思えてしまう。


 「お前、博嘉のこと好きだったのか?」


 「そりゃ可愛い子は皆好きだ。けどそういう子らってなかなか中身を見せようとしないじゃん。お前の話だと東雲さんってかなり一途なところあるし。俺、彼女にするならそういう子がいいんだよな。」


 一応中身も見ようとしているのは分かるが短絡的と言うか、博嘉の中身はそれだけじゃないとは思わないのだろうか。


 「まぁ、お前が博嘉に告白したいなら俺が止める権利は無いからな。好きにすればいいんじゃないか?」


 「おっし!じゃあ早速告ってみるわ。」


 そう言うと南部はダッシュで教室を出て行ってしまった。

 決断と行動の早さだけは見習いたいと思った。


 因みに翌日、南部は博嘉に告白して秒で断られたらしい。



 そしてある日。

 今日もまた博嘉の呼び出しがあるだろうと思っていたのだが、昼休みになっても帰る時間になっても博嘉は姿を現さなかった。


 「今日は呼ばれてないのか?」


 南部が声を掛けて来た。


 「あ、うん。いつもなら昼休みか帰る間際になって言いに来るんだが。」


 「そろそろ飽きられちまったか?」


 「……」


 そりゃこれだけ毎回断っていれば普通は諦めるか飽きるかして当然だとは思う。

 抑々、それを望んでいたのは俺だ。

 だが、何故か今日は妙に胸の奥がチクチクと痛む感じがしていた。


 「そ、そんな深刻な顔すんなって。東雲さんだって他に何か用事があるのかもしれないし。」


 「あ、あぁ……」


 「そんなに気になるんなら西堂から連絡してみれば?」


 「え?俺から?」


 「気になるんなら考えるより行動した方が答えは早く見つかるぜ。」


 行動力オバケの南部が言うとやたら説得力がある気がする。

 俺は『そうだな』とだけ言って教室を出た。

 博嘉のクラスは2つ隣。


 (ちょっと覗いてから帰るか……)


 そう思い玄関とは逆に足を向けて博嘉のクラスの前にやって来た。

 教室を覗くと数名の生徒が残って雑談をしている様子が見えた。

 そのうち1人の女子が俺に気付き、ニコニコしながら俺の元へ近付いてきた。


 「誰か探してるの?」


 「えっと……ひr……東雲さんは……」


 「博嘉?あー今日は休んでたよ。」


 「え?」


 「風邪引いたって言ってたかな。」


 「そうなんだ。」


 「あ、ひょっとして貴方、西堂君?」


 「え……」


 「博嘉が言ってたもん。『イケメンの幼馴染が居るんだ』って。」


 「い、イケメン?それ俺じゃなくね?」


 「え?貴方西堂君じゃないの?」


 「い、いや、西堂だけど……」


 「だよね。なかなかのイケメン君だもん。博嘉が惚れるのも分かるわ。」


 「ぅ……」


 「取り敢えず、幼馴染っていうならすることは一つだね。」


 「すること?」


 「幼馴染が風邪引いて学校休んでるならお見舞いに行くのがテンプレでしょ。」


 そう言えば博嘉も前に『幼馴染モノのテンプレ』とか何とか言ってたな。

 それってそんなに認知度高いのか?

 俺全然知らんけど。


 「何にしても行ってあげたら?博嘉喜ぶと思うから。」


 俺は南部の言葉と博嘉のクラスメートに促されて、久し振りに博嘉の家を訪ねてみることにした。



 「あら、真人君じゃない。久し振りね。」


 「ご無沙汰してます。」


 博嘉の家を訪ねて玄関で挨拶をしたのは博嘉の母親。

 幼い頃はよく博嘉の家に遊びに来て、博嘉と家の中で暴れておばさん博嘉の母にもよく叱られた覚えがある。

 博嘉はおばさんに良く似ていて、おばさんは博嘉の可愛らしさをそのまま年齢を重ねたような顔立ちで、可愛らしさの上に美人が乗っている感じのする人だ。

 相変わらず若々しくて美人さんだ。


 「ちょっと見ない間に随分かっこよくなっちゃって。悪戯坊主も高校生になったらこんなイケメン君になるんだねぇ。」


 「あ、あはは……恐縮です。えっと……博嘉は?」


 「博嘉なら部屋で寝てると思うわよ。ひょっとして博嘉のお見舞いに来てくれたの?」


 「え、えぇ、まぁ……」


 「うふふ。ありがとね。どうぞ上がって。博嘉の部屋覚えてる?」


 「多分大丈夫と思います。」


 俺はおばさんに家の中に上がらせてもらうと、階段を上がって博嘉の部屋の前に来てドアをノックした。


 「博嘉、起きてるか?」


 『え?真人?起きてるよ……』


 「入っても大丈夫か?」


 『うん、どうぞ……』


 俺は静かに扉を開けて中を伺うと、ベッドの上で布団に潜り込んでいる博嘉が力無い笑顔を此方に向けていた。


 「いらっしゃい……」


 「大丈夫か?」


 「うん……ちょっと体がダルかったから用心して休んだだけ……」


 俺は博嘉の傍に来ると額に手を当てた。


 「熱……もあるのか。」


 「んー……さっき計ったけど8度は無かったから明日には下がってると思う……」


 「まぁ、治るまでゆっくり休め。」


 「ありがと……でも真人がお見舞いに来てくれるなんて……何かあったの?」


 「何か……んー……幼馴染が風邪引いて学校休んでたらお見舞い行くのが幼馴染のテンプレなんだろ?」


 博嘉は少し目を細くして笑顔になると『そうだよ。』と呟いていた。

 俺はベッドの横に膝立ちになって博嘉の顔を覗き込んだ。


 「なぁ博嘉。」


 「ん?」


 「俺と付き合ってくれないか?」


 部屋の中がシンと静まり返る。

 俺は気恥ずかしさから目を逸らしたくなるのを必死に耐えて博嘉の目をじっと見詰めたままだ。

 博嘉はさっきの目を細くした笑顔のまま固まっている。


 「えっと……」


 沈黙に耐え兼ねた俺が声を喉から絞り出す。

 博嘉の表情はそのまま。


 「博……嘉?」


 「えっ!?」


 博嘉が俺の呼び掛けにようやく気付いたようにはっと目を大きく見開いて反応を示した。

 続けて体をがばっと起こして俺の顔のすぐ前に顔を持ってくると、右手を延ばして俺の頬に指を当てて抓った。


 「いててて!って何すんだよ?」


 「夢じゃない……」


 「それは自分のでやれ。」


 博嘉は俺の頬から手を離すと、自分の頬を抓っていた。


 「痛くは無いけど抓ってる感じはする。」


 「痛いくらい捻れよ。何で俺だけ痛い目に遭わなきゃいけないんだ。」


 「マジで!?え?何で!?何で真人から告白してきたの!?」


 俺は博嘉の頭に手を置き、前髪で博嘉の視界を隠すように額の方へ手をずらした。


 「毎日博嘉に告白されて……毎日博嘉の顔を見てて……毎日博嘉と話をするのが普通に思ってて……半日博嘉の姿を見ないだけで頭ん中がもやもやして……」


 博嘉は視界を俺の手に塞がれながらも俺の話をじっと聞いていた。


 「このまま毎日博嘉から告白され続けるのも悪くないんだけど……気が変わった時は俺から言いたいとは思ってたから……」


 「真人……気が変わったの?」


 「あぁ。だから俺と付き合って欲しい。」


 額に当てていた手から博嘉の頭がカクッと下がったと思ったら、博嘉は俺の背中に手を回して抱き付いてきた。

 それが博嘉の答えだと思った俺は、博嘉の背中に腕を回してぎゅっと抱き締め返s……


 ぐぎゅぎゅっ


 「ひ、博嘉……く、苦しい……」


 病人のくせになんて力だ。

 肺が圧迫され、空気が口から漏れ出す。

 博嘉は俺の胸に頭を押し付けながら、腕に渾身の力を込めて俺の胸部を締め付けている。


 「ちょっ……ひ、博嘉!?」


 本気で博嘉を振りほどかないとそろそろヤバいと感じ、博嘉を引き剥がそうとしたと同時に腕の締め付けがふっと緩んだ。


 「はぁぁぁ……何の真似だよ?」


 「真人にも私の感じた胸の苦しみを味わってもらおうと思って。」


 「そ、それはすまなかった……でも物理で返すのは違うんじゃないか?」


 「すぐ心変わりする真人には体で覚えておいてもらわないと。」


 「!?」


 博嘉が顔を上げたと思ったらそのまま唇を重ねてきた。

 柔らけぇ。


 「こうすれば心変わりしそうになっても大丈夫でしょ?」


 「うん。」


 俺はもう一度博嘉を抱き締める。

 博嘉も俺の背中に回した手にもう一度力を入れて抱き付いてくる。



 人の気持ちや考えなんて、何がきっかけで変わるか分からない。

 半日会えなかっただけで、誰とも付き合うつもりのなかった俺の考えがコロッと変わってしまったように。

 でも、そのたった半日で博嘉のことが大事な存在だと分かったのも事実。

 気付いた事を素直に受け入れ、簡単には心変わりしないぞと誓う。


 俺は布団の中で天井を眺めながらそんな事を考えていた。


 「ごめんねぇ。」


 ベッドの横には申し訳なさそうな顔をした博嘉が茶碗とレンゲを持ってお粥をふーふーしていた。


 「あー……うん……」


 俺はしっかり博嘉の風邪をもらい受けていた。

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