【02】

それからの数日間を、僕は気分がすぐれないままで過ごしていた。

沙羅陀ちゃんと再開して、身近に接することが出来て、物凄く幸せな気分を味わうことはできたのだが、何せ時間が短すぎたし、最後の落ちも結構きつかった。

結局、1万円を損した気分になっていたのだ。


悩みに悩んだ末に、僕は五右衛門太郎神酒乃介(ごえもんたろうみきのすけ)に電話を掛けることにした。

名刺に書かれた番号に掛けると、すぐに応答があった。

「もしもし。グッドラック商会営業一課、五右衛門太郎神酒乃介でございます」


「もしもし。えーと、こちらは先日お世話になった、オキタですが」

「オキタ様。これはこれは、わざわざお電話いただき恐縮でございます。どのようなご用件でございましょうか?」

「ああ、えーと。五右衛門太郎さんのところで扱っている、他の商品のことを教えて欲しくて電話したんですけど」


「それはそれはオキタ様、誠にありがとうございます。わたくし丁度オキタ様のご自宅近くに参っておりますので、よろしければこれからお伺いして、直接ご説明差し上げようと思いますが、いかがでございましょうか?」

その返事に僕は少なからず驚いたが、取り敢えず来てもらうことにした。


すると1分も経たないうちに、僕の部屋のドアベルが鳴る。

ドアを開けると、満面の営業スマイルを顔に湛えて、五右衛門太郎が立っていた。

その素早さに、またまた僕は驚いたが、とにかく彼を室内に招き入れた。


キッチンのテーブルチェアを勧めた僕は、彼の正面に座った。

「それで、本日はどのような商品をご所望でしょうか?」


五右衛門太郎は、座るや否や商談に入った。

顔の表情も営業スマイルから、真剣モードに切り替わっている。

――営業マンの鑑だな。

僕は何故か感心してしまう。


「実は何と言ったらいいか。その、この前の商品も悪くはなかったんですけど…」

僕が言い淀むと、五右衛門太郎はすかさず切り込んできた。

「オキタ様のご心中を推量いたしますに、おそらく時間が短くて、物足りなかったということでございましょうか?」


図星である。

――この人、読心術でも心得てるの?


「ええ、まあ。そんなところです」

「それでは、より満足度の高い商品についてご紹介したいと存じますが、よろしゅうございますでしょうか」


僕の曖昧な返事に、彼は即座に反応して、テーブルの上にパンフレットを広げた。

「こちらでございますが、<美女と確実に交際を始めることが出来る幸運>という商品でございます」


「美女と、確実に、交際できる!?」

思わず僕は身を乗り出していた。


「はい、<美女と確実に交際を始めることが出来る幸運>でございます」

「それって、本当ですか?」


「もちろんでございます。既に<高校時代に憧れていた女性と、1時間密にお話しできる幸運>でご経験頂きましたように、私共の商品に嘘偽りは決してございません」

五右衛門太郎は自信に溢れた表情で、そう断言した。


「そ、それも後払いなんですか?」

「はい、私共の商品はすべて後払いとなっております。もちろん額面通りのサービスをご提供できなかった場合には、決してお代はいただきません」


最後の台詞はどこかで聞いたような気がしたが、とにかく僕は興奮した。

――美女と確実に交際できる!僕にも遂に春がやって来るのか?!


「しかしオキタ様。この商品は少し値が張りまして…」

「い、い、いくらなんでしょうか?」

「1口当たり、200万円となっております」


「200万?!」

「はい、さようでございます。実はこの商品、弊社の関連会社と共同でご提供しております商品でございまして。そちらの料金も含まれているのでございます」


「関連会社というのは?」

「はい。この商品をご購入いただいたお客様に、確実に美女をご紹介するサービスを生業としている会社でございます」


それを聞いて、僕の中で疑心が芽生える。

「それってもしかして、風俗みたいな…」

しかし五右衛門太郎は即座に否定した。


「とんでもございません。弊社並びに、弊社の系列会社は、いずれも法律を遵守して、まっとうなサービスをご提供することを社是としております。お金のために女性の尊厳を貶めるような、そのような卑劣な行為は決して行っておりませんので、ご安心下さい」

その断固とした表情に、僕は思わず圧倒されてしまった。


「オキタ様。もしご都合がよろしければ、これからその会社にご足労いただくことは可能でしょうか?直接見て、ご確認いただいた方が、確実かと存じますので」

そう言われて、僕は少し迷ったが、結局『美女と確実に交際できる』という誘惑に勝つことはできず、彼について行くことになった。

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