隣の席のギャルが私を推してた#3【雨白】
第12話 身バレした件 part2
ホルスタをある程度プレイしたので、他のゲームの初見プレイも始めてみた。話題のゲームの情報は、みかんさんがキャッチしてくれるのでそれに頼らせてもらっている。
ギアテニ以外の配信をやり始めてから一ヶ月経ったが、配信活動は概ね順調で、チャンネル登録者数はすでに五百人を突破していた。
記念配信なんかもしていいかもね、とみかんさんに言われたので、今から配信内で話すことを考えておかなきゃ。
ぶくぶくと、水槽の中で泡を作るろ過装置を見ながら、今後の予定を立てる。今まで、目の前のことばかりに必死で、未来のことを考えることなんか一度もなかった。
水槽の中の金魚も、いつもより元気に泳ぎ回っている気がする。世界が狭いのではなく、世界を見る視野が狭かったのだろう。水槽の中でも、金魚は必死に生きている。
それにしても、
みかんさんは用事があるらしくて、先に帰っちゃったし、なんだか不安になってきた。
ちょうど四時のチャイムが鳴るのと同時に、理科室のドアが開いた。
入ってきたのは、腰まで伸びた黒い髪が印象的な女の子だった。リボンの色が赤なので、一年生だ。
目が合うと、その子は上品な笑みを浮かべてこちらへ近づいてきた。ふわりとした足取りはまるで羽が舞うようで、庭園を歩くお嬢様を連想させる。
こんなアンモニア臭のする理科室に、こんな子が来るなんて。背徳感……じゃなくて! 私は緊張してしまい、ガチガチに固まってしまっていた。
「
「あい!」」
噛んではない、噛んでは。
「はじめまして、私、
「え、あ、はい」
落ち着いた口調と、髪を耳にかける仕草がとても大人っぽい。私の方が先輩なのに、思わず敬語になってしまった。
遠山蛍と名乗るその子は、深々とお辞儀したあと、椅子を持ってきて私の向かいに座った。正面から目を合わせられず、水槽の中の金魚を見つめる。
「名前はなんと言うのでしょう」
「あっ、村崎、
「いえ、金魚さんのお名前です」
ふふっ、と口元を隠して笑う遠山蛍さんは、なんだか神々しささえあって、まったく別の世界の住人なんだなと感じざるを得なかった。
「村崎先輩の名前は、もちろん知っていますから」
「え、な、なんで!?」
もしかして一年生の間で有名になってたりするのかな。いつも挙動不審な先輩がいるって、くすくすーって笑われてたり!? 怖すぎる。帰ったら私ってどう見られてるのか
「舘中先生にお聞きしましたので」
「あ、そ、そっか、先生か。それで、えっと、生物部に入るの? あのー」
なんて呼べば良いんだろう。初対面で名前呼びは馴れ馴れしいよね。でも、遠山さんっていうのも、変かな。だって私、先輩なんだし。
そ、そうだよ! 私、先輩なんだから年上なんだから。もっと堂々としたっていいよね!
「蛍」
先輩風を吹かせて名前呼び。内心ドキドキしている。
ちら、と蛍の顔を見る。
蛍は一瞬だけ唇の端をピクッとさせたが、すぐにお嬢様スマイルに戻った。
「な、ないよ、名前は」
「はい?」
ぐるぐるーっと、一周してきた。
言葉の時間切れである。息切れを起こしながら必死で追いついても、蛍はすでに違うところを見ていた。
金魚の、と口にしようとしたところでやめる。代わりに、ザリガニの水槽に近づいて指をチョキチョキさせてみた。
「す、スキンシップ」
「生物部の活動って、具体的にどういったことをするのでしょうか」
む、無視された……。
「そ、そうだね。えと、うちは金魚とザリガニしか飼ってないから、基本餌やりと、水替え。水替えは月曜と金曜にやるんだ。え、餌やりは舘中先生がやってくれることが多いから、私は月曜と金曜だけ、出ることにしてるっ、き、気楽でしょ?」
「なるほど。たしかに、運動部と比べると、緩い気がします。村崎先輩は、生き物がお好きなのですか?」
「あ、う、うん、すき。大きい、動物も好きだけど、こういう小さいけど一生懸命生きてる、金魚とか、ザリガニとかっ、あと、け……」
「け?」
純粋無垢で、穢れのない、真っ直ぐな瞳が私を射貫く。蛍はきっと、常識人で、間違いを間違いと言える人で、正常の境界線を決して跨がないように生きている人だ。
言葉遣いも、仕草も、整然としていて、しすぎていて、少しだけ、お母さんに似ている気がした。
「う、ううん! なんでもない! 生き物は、いいよね。水を替えて、嬉しそうに泳ぐ姿とか、すっごくかわいいよ」
「へぇ」
だから、毛虫も好きだ、とは言わなかった。
けど、小さい生き物がすきというのは本当だ。
蛍はあまり共感できなかったのか、低い声で相槌を打った。なんだか地鳴りのような、足元がぐらつく声だった。
ほ、蛍は小さい生き物、あんまり好きじゃないのかな……。
「なにも変わらないのね」
ま、また低い声。
入り口の方を見ても誰もいない。
ということは、今の声は蛍の声ってことで……。
「って、わっ!?」
視線を戻すと、私はいつのまにか、蛍に胸ぐらを掴まれていた。
氷のような鋭い瞳が、私を睨み付けている。さっきまでのおしとやかな表情は、溶けて消えてしまっている。
「どっちも素で話すだなんて、バカみたいだわ」
私は胸ぐらを掴まれたまま壁に押し当てられて、逃げることができない。
や、やっぱり名前呼びはマズかった!?
どう考えても怒っている蛍。静かな殺意というのが、もっとも怖いのだということを身を持って知ることとなる。理科室で。どういう状況? 私、ここのままカツアゲされちゃうのかな。
相変わらずの金欠で、財布にはさっぱりお金が入っていない。ガチャガチャで当てた深海魚のキーホルダーでなんとかしてもらうしかないか!?
「
ゆ、ゆずき……?
聞いたことがある名字だ。それって、たしか。
「み、みかんさん?」
「は?」
睨まれた。睨み殺される。
すみませんの声も出ずに、私はその場でへたり込んでしまった。
「あ、あのあの、わ、私……なにかしましたか……急に名前呼びしちゃったのは謝るから、どうか許してください……今は深海魚海鮮丼シリーズ、シーラカンスのわさび醤油のキーホルダーしかないんです……」
「全然言ってる意味が分からないのだけど」
「だ、だって私……これからカツアゲされるんですよね……?」
「あのね、私を不良かなんかだと勘違いしてるの? 私はただ、あなたの無策っぷりに嘆いてるのよ」
言ってる意味が分からず、恐る恐る見上げる。
氷柱を模した瞳が、私を見下ろしていた。
「あなた、
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