第36話


「魔法陣が起動した!?」

「よし、急ぐぞ!」


ジェイドが隣の部屋へニウを呼びに向かう。

中央の魔法陣が輝いているが、いつまでも光っているわけではないはず。


6枚の扉から現れたすべての魔物を倒した。

最大の障害であった黒腕ジルの残骸を見下ろしながら、考える。

戦っていた時から気にはなっていたけど、その腕って……。


左腕の籠手の人差し指の部分が平たくなっている。

親指の部分も頑丈な造りで、手首に四角い容器が装着されている。

籠手なので、そのまま左腕に通してみたら、ひしとなく一致した。

四角い容器の中には例の黒い球がびっしりと入っていた。


「サオン、なにをしている?」


ジェイドとニウが空中歩廊から梯子で降りてきた。

籠手を手に入れたことをジェイドに伝えた。

だが、ジェイドは籠手には興味を示さず、早く脱出することを促してきた。

先ほどよりも魔法陣の光が薄くなってきている。

たしかに急がないと絶対に後悔する。


3人同時に魔法陣へ飛び込むと一瞬で景色が変わった。


「ぬぉぉぉぉぉ! なんということネ、転移してきたアル!」


ずっと漂っていた重苦しさが消え失せ、穏やかな空気に変わった。

間違いなく地下1階、「探求の門」のそば。


やっと帰ってこれた。

あのまま迷宮に囚われてるのではないかと不安でたまらなかった。


それはさておき……。

なにやら、自分達のまわりで、はしゃいでいる人物がいる。


「ちょっと失礼するヨ!」

「なに? いや、誰?」


12、3歳くらいの女の子。

真っ黒な髪にふわふわの癖っ毛。

ちいさな身体に見合わない巨大な背嚢を背負っている。

旅人の装いだが、なんだか胡散くさい。

怪しい人物という訳ではない。

今、身に着けている服が着こなせていない印象を受けた。

しきりに自分の腕やら足を触っている。


「転移しても四肢には問題はないみたいアルネ!」

「いや、ひゃから、はれだから、だれ!?」


人の話を聞いていない。

背伸びして、自分の目をこじ開けたり、口を横に伸ばしたりしている。


「師匠、そのひと、困ってますよ?」

「むむ? これは失礼したネ!」


後ろの方で控えめに立っていた男性が声をかけるとようやく手を止めた。


「メイメイ。ホン皇国からきた魔導学者ネ!」


一緒にいる狐目の男性……リャムも続けて自己紹介してきた。


「それで、ホン皇国の魔導学者が俺達に何の用だ?」


ジェイドが、ふたりの様子を探りながら、質問した。

そもそも魔導学というのは、魔法と科学の融合を目指す学問。

噂では聞いていたが、ホン皇国はその魔導学の研究が盛んらしい。


「この地下迷宮で行方不明者がたくさん出てるって噂を聞いたアル」


魔物の少ない階層での冒険者の謎の失踪。

事件ではなく不可思議な力……例えば転移魔法陣。

未発見の転移魔法陣があるのではないかと睨んでやってきたそうだ。

転移魔法陣は迷宮などで、たまに発見される。

だが、回数制限があったり、使用者が肉塊になったりと役に立たないものばかり。

それらは、長い歴史の中で多くの魔術師や賢者、錬金術師などが試行錯誤した遺物。

古代人が使っていたであろう失われた魔法技術を誰も再現できていない。

もし転移魔法陣を今生きている者の手で再現できたら、歴史に名を残すだろう。


「それ……魔法王国の技術モノアルね」


メイメイの視線の先には黒腕ジルの特殊な籠手に向けられている。

西の果てにある大陸で、かつて栄華を極めた魔法王国エブラハイム。

その国にかつて実在した天才女性賢者が考案した籠手に酷似しているという。

本でしか読んだことがないそうで、実物を見るのは初めてだと興奮気味に話す。


「火薬を推進剤に使う……いや、内部圧力の集約条件を解決できないアル」


なにやらブツブツと唱えているが、なにを言っているのかはサッパリ。

すると何かを思いついたのか、急に顔を上げた。


「え……一緒にホン皇国へ?」

「そうアル、是非、人体実け……研究させて欲しいアルね」


転移後の人体に及ぼす影響の調査や魔法国製の稀少品の研究。

話している内容はわかったけど……。

「人体実け」ってなに? 

嫌な予感しかしないので、丁重にお断りしよう。


「おい、ふざけるな! これから帝国との戦争が始まるかもしれない時に」


ジェイドが自分の代わりに怒りを露わにした。

地下迷宮での様々な経験を積んだサオンはキサ王国の秘密兵器だと話す。

ジェイド、そこまで自分のことを思ってくれてたんだ……。


「お礼にホン皇国の兵器をひとつあげるネ!」

「サオン、お土産を忘れるな?」


あ、ヒドイ……。

一瞬で見切りをつけられた。


ジェイドがどんな兵器を提供してくれるのかとメイメイに質問した。

貸し出しの報酬は1分間で100本の矢を吐く装置を差し出すとのこと。

装置そのものだけでなく、造り方も教えるアル、とメイメイが話す。


「俺はこれでも忙しい身でな」


ジェイドは行かない口実を並べ立てる。

カルテア王女には話しておくから気兼ねなく行ってこいと言う。

ジェイドは本当に忙しいだろう。

斥候部隊の隊長を任せられるような人だ。

きっと色々とあるに違いない。


「ニウはどうする?」


自分が行くならニウも連れていかないといけないかも。

ニウの面倒をシンバ将軍やカルテア王女に任せられている。

それに帝国出身というだけで肩身の狭い思いをするかもしれない。


「私……は……やりたいことが見つかったから……」


以前よりは、声がよく聞こえる。

ジューヴォ共和国に残ってやりたいことってなんだろう?



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