第35話


ジル・ド・フォン……黒腕のジル。

ステータスに個体名が書かれている魔物を初めて見た。

鎧魔ヲンジではあるようだが、明らかに規格外の化け物。

ジェイドとニウのかたきを討とうと挑んだが、あっさり斬り裂かれてしまった。






「わかった。最後にもう一度だけ確認させてくれ」

「ちょっと待って!」


ジェイドが下へ降りる直前からの再開だったので、慌てて止める。

例のごとく両眉を左から右へ急こう配の坂のような形にして、聞き返した。


「今度はなんだ?」


次に魔法陣を調べると6番目の扉が開く気がする、とふたりに話す。

それに目で追えない速さの何かを飛ばしてくるかもしれないとも伝えた。

もはや勘という次元を超越した言い訳だなと言っている本人も思っている。

だが、ジェイドはそこには触れずに何か対策できないかと考え始めた。


「まあ、なにか飛ばしてくるなら盾で防ぐしかないだろうな」


そうか!

盾なら下の広場にたくさん転がっている。

でも、手の辺りが光ったら一瞬で撃ち抜かれる。

なので、あらかじめ盾にすっぽりと身を隠さなければならない。


ゴゴゴッと6番目の扉が開き始めた。

嘘……魔法陣を調べたら開くのではなく、時間・・だった?

先ほど同様、開きかけているところから光が見えた……。






「わかった。最後にもう一度だけ確認させてくれ」

「ゴメン、時間がないから下に降りながら話を聞いて」

「あん? まあいいや……」


開きかけた扉から今度は自分が狙われた。

慧眼の極意で、かろうじて黒い球が飛んできたのが見えた。

再演ループした直後からすぐに3人で梯子を降りはじめる。


先ほど6番目の扉が開き始めたのはジェイドの発言から約60秒後。

6Mも高さがあるので、ニウの降りるのが間に合わなかった。

ゴッという鈍い音とともに黒い球を盾で弾いた。

あと、少しで降りきるところだったので、なんとか防げた。


ジェイドが、黒腕のジルに真銀ミスリルの弓で矢を放った。

木弓や竹弓よりも高弾力の加工がされていて飛距離、威力も桁違い。

それでも化け物には通用しなかった。


黒い甲冑を着た魔物は軽々と矢を横から真っ二つにする。

地面に落ちると同時にやじりの部分が小規模の爆発を起こした。

そういえば、ジェイドは休憩していた間、矢になにか細工をしていた。


だが、それが命取りとなった。

矢を放ったジェイドはすぐそばに落ちていた盾を拾おうと動いた。

盾を拾い、顔を上げたところで例の黒い球に眉間を撃ち抜かれた。


倒れていくジェイドを横目に盾を構えたまま、黒腕ジルへ向かう。


「【結合インクス】」


岩精グラナドの力ではなく、鉱精ヴェウスの力を借りた?

巨猿と対峙した時に使った岩塊を結合した魔法と同じ名前。

相手は甲冑の魔物……金属なので使えないと思っていた。

だが、借りる精霊を変えたら似たような魔法が使えるのは意外だった。


明らかに黒腕ジルの動きがぎこちなくなった。

今なら倒せる。

そう確信して、思いきり踏み込んだ。


──しまった。


親指の辺りで火花が散ると後ろにいるニウがやられた。

ニウが倒れた瞬間、鉱精ヴェウスの力が失われ、黒腕ジルの動きが元に戻った。

そこから頑張って5秒ほど猛攻に耐えたが、結局やられてしまった。






ここまでの強敵は初めて。

最初の戦場にいた笑う敵兵士。

緑小鬼の巣に君臨していた黒王鬼オーバーロード

そして、ペリシテの小さな巨人カぺルマン

皆、怪物じみていたが、目の前の化け物はさらにその上を行く。


たぶん人が敵う相手ではない。

でも勝たなきゃ、地上には戻れない。


だが、本当の敵は黒腕ジルではない。

60秒という制約……あまりにも短すぎる時間が首を絞めつけてくる。

せめて、あと30秒あれば、ふたりと一緒に作戦を練られるものを……。


数十回以上、挑戦したが、まったく勝てる気がしない。

黒腕ジル戦において、重要なのは自分じゃない。

ニウとジェイドにすべてが掛かっている。

限られた時間内にふたりの力をどう使うかが勝敗の鍵を握っている。


挑むこと38回目。

最初の頃から、だいぶ攻め方を変更した。

まず、ニウは下に降りない。

時間の消費につながるし、余計な危険が発生する。

6番目の扉が開いたら、空中歩廊から黒腕ジルへ結合インクスを掛けてもらう。

掛け終わったら、すぐに一個前の部屋へ避難してもらう。


ジェイドも空中歩廊に残ってもらう。

ただニウのように隣の部屋へ行かずに盾で粘ってもらう。

盾の調達は、自分が下へ降りて、上にいるジェイドに投げて渡すことで解決した。


ジェイドは爆発する矢で牽制をしてもらう。

ただ相手は必殺の遠距離攻撃を持っている。

常に盾で身を隠し、様子を見てもらう。

相手が後ろを向いている時だけ矢を放つようお願いした。


6番目の扉が開くと同時に一度、黒い球を盾で受けた。

その間にニウの結合魔法で甲冑の関節の部分を固めると動きが鈍くなった。

上を優先的に仕留めようと黒い球で上にいるふたりを狙う。

だが、ひとりは早々に隣の部屋へ待避し、もう一人は盾の裏に隠れて姿を見せない。


動きを制限し、上から援護射撃を受けてやっと互角・・

ここまでくると、運が重要になってくる。

互角に渡り合っているため、天秤がどちらに傾いてもおかしくなかった……。


黒腕ジルの持つ長剣はこれで20本目。

直剣グラディウスが触れた剣をことごとく溶かすため、何度も取り替えている。

20本目は、先ほどの鎧魔ヲンジとの戦いで、見た目以上に限界に来ていたみたい。

黒腕ジルが高速で振るった剣が途中で悲鳴を上げ、目の前で折れた。

すぐに一旦後ろへ退がろうとする。

だが、黒腕ジルの背中へジェイドの爆発する矢が直撃した。


動きが一瞬止まったのを逃さなかった。

真上から振るった直剣を両腕で防ごうとしてきたが、腕ごと構わず斬り飛ばす。

そのまま肩から胸のあたりまで刃が食い込んだ。


あとは、極端に鈍くなった鋼の塊に剣を突き出し、首の後ろの刻印を突き破った。




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