呪楔再誕

第29話


「手をつなぎたい?」

「うん」

「悪いなサオン……俺にお前の気持ちは受け止められない」

「え?」

「え?」


なにかとんでもない勘違いをしているようだが、鏡対策だからね?

再演後、鏡のある長くまっすぐな通路の手前で相談した。

前回はいつの間にか、はぐれてしまった。

だから、手をつないでおけば、少なくともはぐれずに済む。


「なるほどな、しゃーない」


鏡がなんとなく怪しいと説明する。

ジェイドもそう感じていたらしく、あまり気乗りしてなさそうだが手を出した。

ニウを挟んでジェイドと自分が彼女の手を握る。

ジェイドは短剣を、自分は直剣グラディウスを構える。


手をつないで前に進むこと数時間。

鏡の通路は延々と続いていて、終着点がみえない。


「すこし休むか……」


ジェイドの提案で休憩を取ることにした。

別に進むわけではないので、つないでいた手を離す。

食事や水の支度をしていると、気が付いたらひとりになっていた……。


──まただ。


ニウの声が最初から聞こえない。

ジェイドの声もしばらくしたら聞こえなくなった。

鏡の中の4番目の自分が3番目を斬りつけるところまで前回と一緒だった。


次の再演ループでは、手をつながずに歩いた。

すると前々回と同じくらいの時間で散り散りになった。

バリン、と手当たり次第、剣を振りまわして鏡を割る。

もっと早く鏡を割ればよかった。

簡単な解決法、そう思っていたのに……。


鏡を割っても、その先に鏡がある。

さらにその奥にある鏡を割る。

だが、いつの間にか後ろの方の鏡が復元していた。

前、横、後ろ……どんなに鏡を割ろうが、広がっていかない。


やがて、鏡の向こうの自分が更にその向こうにいる自分に斬り殺される。

まるで、悪い夢でも見ているようだ。







夢……夢、か。


もしかして、どこかで夢に切り替わっている?


「鏡の中に住む魔物っていると思う?」

「そんなワケあるか!」

「いるよ……」


自分の質問にジェイドが突っ込んだが、ニウが答えてくれた。


鏡魔スペキュバス……鏡の中の怪物」


鏡魔スペキュバス

初めて聞く名だ。帝国ではよく知られているんだろうか?


階段を下りながら、次の対策を練っている。


魔物だったんだ。

てっきり人間にはどうしようもない不思議な現象かと思った。

魔物であれば、対処法がみつかるはず。


「もしかしてその魔物って夢とか幻を見せてくる?」

「鏡の中から洗脳してくるって聞いた……」


鏡の中からの洗脳。

ということは、まっすぐな道は現実。

ジェイドとニウが消えた状態になるのが、洗脳を受けた後。


「洗脳には抗えないの?」

「鏡を見なければ、たぶん大丈夫……」


鏡を見ないで歩くか。

壁に手をやって進めばそれは大丈夫そうだが。


「ニウって、洗脳にかかりにくい?」

「神聖力を持っていれば、心の抵抗力が高いから問題ない……」


なるほど。

自分やジェイドが洗脳された後、ニウの声は聞こえなかった。

それは、彼女が洗脳されなかったからに違いない。

じゃあ、ジェイドの声を近くで聞こえたのは?


──そうか!? 

ふたりとも見えてなかっただけで、すぐ近くに立っていたんだ!

ということは、ニウだけ目を開いたままでも大丈夫。

ジェイドとふたりで目を閉じて進めば、問題ない。


この推測は当たっていた。

両側が鏡張りの通路を目を瞑って鏡壁に手をやりながら進む。

すると、100歩も進まないうちにニウから目を開けていいと言われた。

振り返ると、とても短い鏡の通路があった。

だいぶ早い段階で洗脳にかかっていたということか……。


「俺の出番だな!」


ジェイドが前に進み出る。

前方の突き当りに何の変哲もない片開きの扉がある。

一見、普通の扉に見えるからこそ逆に不気味にみえる。


ここに扉がある理由がわからない。

この扉を開けないと先へ進めない不条理さ。

そこから想像するのは、目の前の扉がとても怪しいということ。


「前に立つな、なるべく斜め後方へ下がれ」


鍵穴から矢とかガスが噴出する可能性があるそうだ。


「雷の類ではないな」


金属の把手に方位磁針を近づけて確認している。

何をしているのか聞く。

針が変な動きをしたら、雷の力が溜まっている可能性があるそうだ。

次に緑小鬼の巣で手に入れた短剣で扉の隙間にぐるりと差し込んでいく。


「解除できたぞ」


隙間に紐がついていたらしい。

知らずにそのまま開けたら罠が作動する仕掛けだったようだ。

ジェイドが壁を背にして、横から扉を開けたが何も起きない。


ジェイドが慎重に中へ入り、問題ないことを確認する。

まだ通路にいる自分達に合図を送ってきた。


とても眩しくて、真っ白な部屋。

白すぎて床と壁、壁と天井の境がよくわからない。

入ってきた扉の反対側に別の木の扉がある。


何もない部屋。

ある一点を除いては……。


入って右側の壁に骸骨が磔にされている。

ジェイドが、チラリと骸骨を見たものの興味を示さなかった。

そのまま部屋の出口となる扉を先ほどと同じく罠の有無を調べ始めた。


何かが光った?

磔にされた骸骨の眼窩の奥に赤く光るものが見えた気がした。


「よーし、この扉には罠は無……って、おいっ! やめろ!?」


ジェイドに止められたが、遅かった。

近づいて、頭蓋骨に手を伸ばしたら、眼の中から何かが飛び出してきた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る