第28話
───────────────
↑ 48階層
↓ 50階層
───────────────
立て看板に階層が共通語で書かれていた。
「マジか、公式な記録じゃ38階層が最深度到達層のはずだが……」
看板の表記が当たっているなら、今いるのは49階層ということになる。
地下迷宮はとにかく広い。
入り口から20階層へ辿りつくのに熟練者でもおよそ1か月はかかるという。
もし、ここが本当に49階層なら地上へ戻るのは数か月かかる。
そもそも先人がこれまで38階層までしか潜れなかった大迷宮。
それを49階層から生還しようだなんて絶望的な試みなのかもしれない。
「これ……」
ニウが、木でできた看板の裏を指差す。
裏に回ると看板と一体になった箱がある。
その中に折り畳まれた古い地図が入っていた。
「どれ、見せてみろ?」
ジェイドが地図を手に取り、破れないようにそっと広げる。
琥珀色に変わった色合いから古い年代に作られたものだと物語っている。
「ここが49階層だとしたら、このすぐ下が最下層だな」
地図は上から見たものではなく、縦に割ったような描き方をしている。
ジェイドがいうには、断面図と呼ばれるものらしい。
普通の地図では表せない層と層の階段の位置関係が記されている。
たしかに50階層までしか地図が描かれていない。
「しかし、いったい誰がこんなものを残したんだろうな?」
確かにそれは言える。
看板や地図もとても古いので、大昔の人が残したのかもしれない。
昔の人は、地下迷宮をこんな深くまで潜ってこれたのか。
だとすると、牧場に捕まっていた人達はずっと昔からいたのかも。
遺されていた武器はとても希少なものが含まれていた。
昔の人たちは、今よりずっと快適な生活を送っていたのかもしれない。
「なあ、サオン」
「なに?」
ジェイドが地図を折り畳み、懐にしまいながら、階段を覗いている。
右側が48階層へと続く階段で左が50階層へ下りる階段。
右に左に首を振って、考え事をしながら、もう一度地図を広げる。
「50階層へ行かないか?」
驚いた。
49階層でも死にかけたのに、危険な下層への道を選択をするなんて……。
「ここを見てみろ」
指先を見ると、50階層のある場所にバツ印がつけられている。
「これがなに?」
財宝が眠っている場所なのか。
あるいはここに踏み入ってはいけないという意味かもしれない。
「この印、ここと一緒だろ」
次に指をすぅっと上の方に持っていき、1階層にあるバツ印を指差した。
「つまり?」
「ああ、1階層への転移装置がある可能性が高い」
ジェイドの予想が当たっていれば、生還できる可能性がぐっと上がる。
でも、もし違っていたら?
憶測で、自らをより死の淵へ導こうというのか。
違っていたら、上層より最下層が困難なはず……生きて引き返せないかもしれない。
ひとりなら別にそれでも構わない。
でもふたりが死んでしまったら?
自分が死に戻っても、彼らが死んだところから再開したらどうする?
「なあ、サオン」
ジェイドが、左側の下り階段に足をかけて振り返る。
「あんまり俺を舐めるなよ?」
一瞬だが、初めてジェイドの鋭い眼光に射抜かれた。
ふたりの身を案じているのがバレた?
でも心配しても何も悪いことではない。
ふたりは自分と違って死んだらそれで終わりだから。
ジェイドは、もう見向きもせずに階段を降りはじめた。
「先に行ってる……」
「ちょっ、ニウ、君までなんで!?」
「……恐怖からくる臆病さと危険を避けるための慎重さは違うよ」
「──ッ!?」
違う。
怖くなんてない。
死ぬのが怖いなら、とっくに心が壊れている。
恐怖なんてものは、最初の戦場に置いてきた。
危険を避けようとしているだけなのに……。
──本当にそうか?
仲間のことを思いやって、そう考えたのか?
本当は自分がひとり迷宮の中に取り残されるのが怖いのでは?
人生は1回きり。
それなのにジェイドやニウは下層への道に賭けた。
それが、生きて帰るのにもっとも最良の選択なのは間違いない。
頭では分かっているはずなのに自らの足では踏み出せなかった。
ニウもジェイドに続いて階段を降りていくので、ふたりの背を追った。
「おいおい、なんだこれは?」
ジェイドが愚痴を言うのも無理はない。
階段を下りた先は、まっすぐな通路が続いていたが、両側の壁が鏡。
いつもより天井と床がまぶしい位に光っている。
左右に自分らの姿がたくさん映っていてどうも居心地が悪い。
「なっ、動いた!?」
ジェイドが、鏡に映った自分の姿に驚き、構えている。
彼の鏡に映った姿をみたが、なんの異常もない。
まったく……。
俺を舐めるなって言っといて、本当はビクビクしてるんじゃない?
きっちり10秒間、自身と見つめ合ったジェイドは構えを解いた。
「早く進もう……」
ニウもあたりを見回し、警戒している。
まあ、わからないでもない。
意味もなく通路の両側に鏡が張ってあるなんて不思議でしょうがない。
しばらく前に進んだ。
先頭はジェイド、その右斜め後ろに自分、左隣にニウ。
ちょうど三角形を描くように陣形を組んでいる。
──はずだった。
いつの間にか、まわりが鏡だらけになっている。
触れると鏡ではない部分があるので、手探りで進んでいく。
「サオン、ニウ大丈夫か?」
ジェイドの声。
すぐ近くで聞こえるが、見えているのは鏡に映った無数の自分の姿のみ。
先ほどからニウの声が聞こえない。
大きな声でジェイドと一緒に呼びかけているが返事がない。
しばらくするとジェイドの声まで聞こえなくなった。
少しずつ前に進んでいる。
だが、鏡なのか通路なのかもわからず頭を何度もぶつける。
焦る。
先ほどから深呼吸を何度もしているが、息が乱れたまま。
恐れている?
今まであんなに死線をくぐり抜けてきた自分が?
そう思いついた途端、急に息苦しくなって、喉が無性に乾いてきた……。
なんで?
鏡の向こうの自分。
4人目が動き出し、背中を向けている3番目に剣を振り上げている。
とっさに後ろを振り向いたが、状況は変わらない。
3番目が斬られると、背中に激痛が走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます