第27話


意識を操られている?


他のもので例えて整理してみる。

リンゴを食べたくなったが、今は無いので買って食べるとする。

それに対して、目の前にリンゴが置いてあったら食べたくなる。

このふたつは結果として、リンゴを食べることになる。


結果は同じだが、後者は直接リンゴを見て影響を受けている。

今は無いが、食べたくなるのは、過去に食べて美味しかったから。

でも目の前にリンゴがある場合は違ってくる。

リンゴを食べたことがなくても、人は美味しそうだと感じる。

それは直接リンゴを見て刺激を受けて食べたくなるから。


黒王鬼オーバーロードが仮に何かしら仕掛けているのかもしれない。

先ほどの後者のリンゴが目の前にあるような状況を作り出す能力だとしたら……。

リンゴと同じように、いつの間にか攻撃も思いのまま誘導されていた可能性がある。


当たった攻撃は無意識に繰り出したものだった。

過去に訓練で身につけたり、実戦で覚えた「技術」の蓄積。

何度も反復して染みついた技術は意識せずとも自然と滲み出るもの。


自我を超えるには無我・・にならなければならない。

我を忘れるくらいに繰り返した動きは、一切の我に縛られるものではない。


自分のことを自動で動くカラクリ人形だと思えばいい。

だが、細かく意識と無意識を入れ替えないといけない。

繰り返した回数がまだまだ少ない未熟者だから。

未熟なまま無意識に浸るのは返って危険だ。命を失いかねない。

もし、無意識のままで、自在に動ける境地に辿りつけた者が現れたら……。

その者はきっと、歴史に大きく名を残す者になるだろう。


それからの戦いは拮抗した。

勝敗を左右するのは、自分の心次第。

その後、黒王鬼オーバーロードに敗れてしまった。

でも、今までにない確かな手ごたえを感じた。


永遠に続くかと思った戦いだったが、終わりを迎えた。

再演が100回を超えたあたりで、あることに気が付いた。

倒そうと思えば、いつでも倒せるのに手加減していた?


なぜ、勿体ぶっていた?

これ以上は、もうこの相手から何も引き出せないのに……。


本気のつもりだったが、本気を出しきれてなかった。

それから、さほど時間もかからず黒王鬼の断末魔を聞いた。


───────────────

レベルが上がりました

レベルが上がりました

レベルが上がりました

レベルが上がりました

レベルが上がりました

レベルが上がりました

レベルが上がりました

───────────────


一気にレベルが7も上がった。

やはり、黒王鬼はそれだけ手強い相手だったのだと改めて実感した。


現在のレベルは32。

石像との戦いと合わせて、すごく成長したと思う。

3ヵ月先のフェン・ロー平原の戦いに臨んだ時のことを思い出す。

よくあの状態で化け物カぺルマンに挑んだものだと恐ろしくなる。

今なら、前回のようにはならない。

勝てるという訳ではないが、選択肢が広がったのは間違いない。


ひとつ懸念されるのは、自分の才能はあくまで「凡」であること。

どんなに経験を積んでレベルが上がっても、才能のある連中には遠く及ばない。

これほどまでに修練を重ねても、武力はまだ43。

努力すれば、実を結ぶのはたしか。

だが、才能のあるものが努力したら、より大きな実がなることだろう。

だからと言って、じゃあ立ち止まろうか、という話にはならない。

動きを止めたら、そこで終わる・・・・・・

だから凡人は常に足掻き続けなければならない。



「なあ、さっき白い小鬼ゴブリンがいたんだが?」


部屋の主を倒して一気に疲れが出て、地面に腰を下ろした。

息が整うまで休もうとしていたら、ジェイドが部屋の端で何か調べている。


白い小鬼ゴブリン

そんなのどこにいたんだろう……。


黒王鬼オーバーロードへ意識をすべて向けていたので気が付かなかった。

ジェイドが言うには自分達が部屋の前に着いたらすぐに隠れたそうだ。


そして、黒王鬼と一騎打ちが始まると、奥の通路からこっそり抜け出したそう。

逃げたということは、こちらにとって特に害がある訳じゃない。

放置でいいと思うが、ジェイドは何やら気になっているようだった。


それよりも……。


部屋の端っこに食料があった。

地下迷宮のような日の光が当たらない場所でも育つ野菜や果物。

例の農園から収穫されたものだろうか?

他にも小麦を石臼で挽いて、ふるいにかけた小麦粉もある。

鍋がいくつかあったので、ある物を使って調理して久しぶりに食事をとった。


「冒険者の持ち物か、結構いいもんがあるな」


食事を終えて、一息ついたところで、ジェイドが物色を始めた。


「硬属性の短剣か、こいつぁ助かる!」


属性持ちの武器は、このアルブニカ大陸ではとても貴重な品だ。

武器に属性を付与する技術はとても珍しく、実物は初めてみた。

属性武器は別の大陸で、かつて栄えた魔法王国で作られたもの。

今の技術では再現不可能な代物で一般の市場にはまず出回っていない。


ジェイドは商人ほどではないが、品物の目利きができるらしい。

これらの品は100年以上前のものも結構混じっているという。


いろいろと漁った結果、持っていくものが決まった。

赤い宝石が埋め込まれた指輪、属性持ちの短剣、白粉が入った小瓶。

そして、黒王鬼から奪った直剣グラディウス

ジェイドは、この魔剣の価値は想像もできないという。


その他にもいろいろとあったが、どれも稀少なものはないらしい。

水と食糧も持ち運ばないといけないため、他の品はあきらめることにした。


休んでいた部屋から奥の通路へ移動すると、別の部屋へ繋がっていた。

何もない部屋だったり、果物の木がある部屋だったりする。

いくつかの部屋を経由して、巨大な農園の部屋へ出た。


麦畑が広がっていて、隣に畑がある。

ここに捕らえられていた人たちを解放しようと思っていたが無理だった。


殺されている。

見張りをしていた緑小鬼ゴブリンの姿もない。

おそらく捕まえていた人たちを殺して、逃げたんだと思う。


「こいつらは、ここで生まれた連中だな」


ジェイドは何世代もここで「飼育」されていたのではないかと話した。

それなら以前、彼らが言葉を話せなかったのも納得がいく。


昼夜問わず、ずっと話すのを禁じられていたのかもしれない。

だから子供の世代から言葉を失った。

言葉を失った人間を家畜扱いしていた魔物に怒りが込み上げてきた。





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