不帰迷宮

第21話 


「たまに行方不明になるって噂はこれが原因だったのか!?」


比較的安全な5階層以内でも年間の行方不明者は二桁に登るそうだ。

無作為な転移……現在、何階層にいるのか皆目見当もつかない


「真っ暗じゃないのが、せめてもの救いだな」


ジェイドが壁を触って、質感を確認している。

人工的な壁と床には淡く光る粒が混じっている。


それにしてもどうしよう。

水や食料もなければ、鎧も着ていない。

帯剣していたのは不幸中の幸いだが、剣1本ではあまりにも心細い。

ジェイドは短剣を一振り。

ニウは、火山で初めて会った頃からずっと持っている短い縦笛のみ。


この地下迷宮には魔物がいる。

アルブニカ大陸では魔物は、辺境の地に行かないと滅多に遭遇しない。

地上にいる魔物はそこまで脅威ではないことを知っている。

だが地下迷宮にいる魔物は数も強さも桁違いだと聞いている。


「ブゥゥ~~~~~~ッ」


ニウが急に縦笛を吹いた。

ジェイドとふたりで、何事かと彼女の様子をみる。


──それはいったい?


空気がわずかに揺らいだが、見えない。

でも、そこになにか・・・がいるのを感じる。


「こっち……」


ゲイドル火山から帰還してまだ1週間も経っていない。

ニウは3ヵ月後にはずいぶんと肉付きがよくなったのを覚えている。

だが、この頃のニウはまだ骨と皮ばかりの貧相な身体をしている。


3ヵ月経っても話し方は変わらず、心もまったく開いてくれなかった。

会話もままならず、進んで何かをしているところを知らなかった。

だが、地下迷宮の中では彼女は進んで行動している。

手に持っている縦笛を使っているのも初めて見た。


「待て!?」


急にジェイドが呼び止めた。

先頭のニウを追い抜き、先にある角へと近づく。


「罠、だな」


短剣を手鏡代わりにして、反射させて角の向こうを覗いた。

丁字路になっている場所。

正面にはなにもないが、右の角の先に罠があるらしい。


「そこの壁をよく見てみろ」


言われてみれば、丁字路の突き当りの壁がまったく光っていない。


「床もおかしい。動く仕掛けか……」


床に落ちた埃が微妙にずれて線が入っているのにジェイドは気付いた。

近くにあった石を丁字路の通路の真ん中へ何度か放っても反応がない。


「強い衝撃か……いや人数かもしれん」


この型の罠は知らないらしい。

ジェイドでもどんな罠なのか、まったく予想がつかないそうだ。


「じゃあ先に行くよ」


一番手を名乗り出た。


もし自分が命を落としてもやり直しがきく。

それに地上へ再演ループを使って戻るのも悪くない。

ここからさらに3ヵ月前に戻る可能性はあるが……。

その時は、帝国との戦争が始まる前まで戻ることになる。


「念のため、声も音も出さずに静かに行け」


ジェイドの指示に従って、音を立てないように靴を脱いで渡る。

角の先が自分にも見えた。

怪物の顔の彫刻が、壁に無数に刻まれていて皆、口を開いている。

怪物の目のひとつが赤く光った。


ヤバい、と思って一気に走って渡ろうとしたが遅かった。

怪物の彫刻の口から、無数の槍が放出され、反対側の壁に縫い付けられた。





「くそっ、嘘だろ? 迷宮の中だろ、ここ!」


喚くジェイドの横顔をぼんやりと眺める。


なんで?

小一時間前の地下迷宮に飛ばされた直後へ戻っていた。


これまでと違う戻り方。

過去の再演ループの規則性でいけば、迷宮へ入る前に戻れたはずなのに。

もしくは最悪3ヵ月前でもよかった。


外はおそらく夕方。

これってマズくない?


ほとんど丸腰の状態で水も食糧も持っておらず、現在地が不明。

いくら再演しても地下迷宮に死に戻るのでは永遠に外へ出られない?


「それって魔法?」


縦笛を吹いたニウへ質問した。

先ほどは緊張していて聞きそびれたが、今は若干余裕がある。


「精霊……力……借りる」


ニウがポツポツとだが、説明してくれた。

俯いて話している。

薄桃色の前髪で目が隠れてしまい、表情が読み取れない。


精霊を召喚して使役する長耳族エルフが扱う精霊術とは違うようだ。

たどたどしい説明だったが、ある程度は理解できた。

ニウは操霊術師コンジャラーという珍しい職業の家系の生まれ。

操霊術というのは、その場にいる精霊や霊体を操ることができる。

精霊術と大きな違いは召喚するかどうかの相違なんだそう。

召喚しない分、魔力はあまり消費しなくて済む。


「待て!?」


ジェイドが例の丁字路になっている場所の手前で呼び止めた。

先ほどと同じく罠を確認して、一人ずつ通る案を提案する。


そして、前回同様、一番手に名乗りを上げた。


「念のため、声も音も出さずに静かに行け」


前回は声でも物音でもなかった。

ジェイドの忠告を無視して、助走をつけて一気に突っ切る。


──つもりだった。


あっさりと大量の槍に蜂の巣にされて、壁へと引っ付いた。


それから、数十回は再演ループした。

床に触れないように助走をつけて跳躍したり、這って進んでみたり。

でもすべて失敗に終わった。


「ジェイドが先に行ってよ」

「ああ? 最初からそのつもりだが指図されるのは気に入らねーな」


そう文句を言いながらも、ちゃんと行動に移ろうとしている。

毎回、最初に名乗り出ていたから客観的に観察していなかった。


自分よりもはるかに音を立てていない。

それどころか存在すら薄まった錯覚にまで陥る。

すごい、こんなにも気配って消せるものなんだ。


だが、ジェイドも失敗に終わった……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る