第10話 


ここは……。

レッドテラ帝国の国境を抜けたすぐのところ。

海岸沿いに大きな目印の岩が見えるので間違いない。

ここからしばらく進むと、前回の罠があった場所へ着く。


「一度、休憩を取ろう」

「こんな危ないところで休憩? おいおい、勘弁してくれよ」


ジェイドに文句を言われる。

まあ、ご指摘はごもっともだと思う。

でも、どうしても今の内に確認しておきたいことがある。


これまで隊列を斥候ができる盗賊のジェイドが先頭。

次に自分、3番目にリードマン姉妹、最後列がビラルクだった。


普通に考えたら、これが一番バランスの取れた順番となる。

だけど、前回の一件で危険人物だと分かったビラルクがいる。


なにを考えているのかわからない。

わかっているのはセレを襲い、人に唾を吐く危ない奴だということ。

だから、どうしても今の内にこの男の本性を暴かないといけない。


休憩中もチラチラとポメラとセレを盗み見している。

迂闊だった。

こんなに危ない奴なのに気づかなかったなんて……。


「ちょっと方角を確認したいので、お願いします」


ジェイドとポメラに手伝って欲しいと頼む。

海岸そばの岩場があるが、かなり急なので自力で登るのは困難。

ジェイドは周囲を警戒して、ポメラが氷魔法で階段を造った。

岩場に登って、屈んで地図を見ているフリをする。

その直後、森の中から炎の柱が上がった。


やっぱり……。


「アンタ、妹に手を出そうとするなんてどういうつもり?」

「……」


駆けつけると、ポメラが杖をビラルクに突きつけている。

氷の魔法で階段状に作ってもらった直後。

ビラルクの挙動が怪しいので、すぐに引き返すよう頼んでおいた。


周囲が騒がしくなってきた。

たぶんというか確実に見つかってしまった。


「おまえらは……」


普段開かないビラルクの口が大きく開く。

そこから茶色がかった不気味な歯を覗かせた。


「ここで死ぬ運命にあるのだ!」


くそっ、間者スパイだったか!?

ビラルクが手袋を外し、片手をあげた。

するとビラルクを追い越し、帝国兵が自分たちを取り囲んだ。


すぐに戦闘に突入し、ひとり奮闘する。

訓練された兵だけあって、一人ひとりが手強いが4人も倒せた。

だが、ジェイドがやられ、ポメラ、セレと順に倒れていく。

最後に残ったひとりなので、捕まれば尋問が待ち受けている。

すばやく服毒して、再開することにした。



273回目の死に戻りを経験したあと、すぐに休息を提案する。

任務に関わることだと話し、一人ひとりを離れたところへ呼び出す。


そこで、ビラルクにだけ嘘の情報を流す。


ジューヴォ共和国の事前の調査でこの先に罠や歩哨がいると話した。

表情には出なかったが、眉がたしかにピクリと動いた。

この情報をジューヴォ共和国に流したのは、ジェイド。

彼は、敵国へ間者として潜っていたため、入手した情報だと話した。

もちろん、真っ赤な嘘。

だが、最初に本当の情報を混ぜたので、こちらの嘘に気づいていない。

ジェイドは、2重間者の疑いがあるため、ここで始末すると話した。


ここでビラルクに偽の指示を出す。

ここから2,000歩ほど歩いた先で隠れて帝国軍を見張ってくれ、と。


その間に後方からジューヴォ共和国の精鋭がやってくると説明した。

精鋭により、ジェイドを倒し、そのままレッドテラの歩哨を倒す。

共和国の狙いは国境を大きく帝国側へ押し込むこと。

その余剰地にキサ王国の難民を受け入れる予定だと話す。


かなり表情が固くなってきた。もう一息。


そこを手中に収めれば、レッドテラ帝国侵攻への足がかりとなる。

そう話したところで顔が真っ赤になった。

感情の起伏が無いのかと思っていたが、愛国心だけは人一倍のようだ。


まあ、すべて即興での作り話だが、うまく信じてくれた。

他の3人には、ビラルクが怪しいと話しておいた。

この先にいる帝国兵に偽情報を話すようなら完全に黒だという証拠。


4人でビラルクを尾行する。

そして案の定、ビラルクは帝国兵へなんの躊躇もなく近づいていった。


なるほど、手の甲に印があるのか……。

ビラルクが帝国兵に皮の手袋を外して見せた。

すると帝国側の間者だと相手が気づいた。


「……!?」


ポメラによる音を消す魔法を発動してもらった。

ビラルクは事情を説明しようとしたのに声が出ずに焦っている。

帝国兵ふたりは、セレの身体強化魔法を受けた自分が倒した。


ビラルクは背を向けて逃げようとした。

だが、ジェイドがすかさず矢を放つ。

麻酔効果のある薬草をすり潰したものを塗った矢がビラルクの太腿に刺さる。

ビラルクは刺さった途端、ふらつき始め、すぐに気絶して倒れた。


「おい、あのままビラルクを放置していていいのか?」

「うん、誤った情報を渡しておいたから大丈夫」


ジェイドの質問に答える。

本当の目的や場所は伏せたまま、ネタばらしをする。


別動隊がいると嘘の情報をビラルクに伝えたこと。

これにより、目覚めたビラルクは帝国に報告するだろう。

完全に信じるわけではないが、襲撃に備えて国境を固めるはず。

その分、自分達は帝国領で動きやすくなる。


でも、もしかしたら追っ手は出すかもしれない。

だけど、別動隊の可能性もあるから、そう数は多くはないと踏んでいる。



「ようこそ、お越しくださいました」


その2日後。

追手の影を見ることなくゲイドル火山の麓にあるロロカロ村に着いた。

仲間に亜人がいないので帝都からやってきたと嘘をついた。

村の人たちは、とても親切だった。

村長の屋敷に無償で滞在させてもらい、御馳走まで振る舞ってくれた。

全員が白装束を身に纏っていて、最初は驚いたが、すぐに慣れた。


「で、この村に何の用があるんだ?」

「それはまだ言えない」

「ちっ、面白くねぇな!」


次の日、ジェイドが予定を聞いてきた。

だが、目的は極秘なので、仲間にも話せない。

村長へ相談して、この村にしばらく逗留させて貰えることになった。

自分は帝都の貴族だが、身分や素性を隠していると嘘をつく。

3人は自分の従者だと説明した。


他の3人には村の人を手伝うよう依頼した。

ジェイドは農作業などの力仕事。

ポメラは炎の魔法で森の農地開拓。

セレは村の診療所の手伝いをそれぞれすることになった。


そして自分は……。


「火口、ですかな?」

「ええ、小さい頃からの夢でして」


神聖なゲイドル山に憧れていて、ひと目だけでも火口を拝みたいと思ってこの地へやってきたと説明した。


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