凶漢叛徒

第9話 


「こんなガキが隊長? どうかしてるぜ」

「カルテア様って誰?」


盗賊っぽい細身の男と魔法使い風の女性が同時に話しかけてきた。


「上からの命令ですから、あと詳しい話は命令で何も話せない」

「ちっ、マジかよ……」

「ふーん……まあ、別にいいわ」


それぞれ違う反応を示した。

任務の性質上、これ以上は何も話せない。

彼らがどんなに疑問を抱いても、答えることを許されていない。

他のふたりは静かにしているが、思う所はそれぞれあるはずだ。


「ここで準備をしろ、好きなだけ持って行ってかまわん」


天幕を出た後、巨象人トゥスカーの大男についていった。

難民施設の端にある兵士詰め所にある資材庫へ案内された。

武器や防具だけではなく、食糧や衣類、薬なども置いてある。

ここはお言葉に甘えて、十分な量を持ち出そうと思う。


「最終確認だ」


資材庫を物色している志願者へ巨象人が声をかけた。


「かなり危険な任務となる。やめたい者は今、申し出ろ!」


そう言われても誰も手を止めようとするものはいなかった。

それを見て、巨象人は眉根を寄せた。


今の表情はどういう意味が隠されているんだろう?

少し気にはしつつも背嚢を手に取り、食糧を詰め込む。

次に皮でできた腰帯と腿帯に短剣と小刀を差していく。


あのあまりにも長く凄惨な戦場で学んだことがある。

それは武器は、ひとつではダメだという教訓。

周りの味方は、槍がダメになったと同時にすぐに殺されていた。

でも、武器なら倒した相手から奪うこともできる。

その武器が壊れたら、また次のものを求めればいい。


だが、相手が格上ならどうだろう?

自分の武器が使い物にならなくなったら、それで終わってしまう。

なので、副武器や予備の武器……暗器などがいざという時に役にたつ。

最後に背嚢の袖に主武器であるブロードソードを固定する。


「それでは出発しますか」


他のひと達も食糧は多めに確保している。

元々、王国の難民なので皆、食糧のありがたさは痛感しているため。


自分だけ地図を持たされている。

これによると、国境を跨ぐ街道は現在、両国によって封鎖されている。

森の中をかき分けていく方法もあるが、おそらく道に迷う。

そのため、海岸沿いから回り込むことにした。


3日かけて、海岸そばの森の中を進んでいく。


「──ッ!?」


先頭を歩く細身の目に隈が深く刻まれた男、ジェイドが手を振った。


あらかじめ決めていた通りの合図だった。

今のは「音を立てずにその場で待機」。

皆、その場でゆっくりと音を立てないように気をつけながら屈みこむ。

高さが腰くらいはある草むらなので、屈めばほとんど見えない。


前方に人影が見え始めた。

レッドテラ帝国の歩哨がふたり。

砂浜から森の中へ引き返すところのようだ。

幸いこちらに気が付いておらず、談笑しながら前を通過していった。


ゆっくりと頭の中で数字を百まで数える。

ジェイドの合図を受け、立ち上がる。

なるべく音を立てないように気をつけながら前へ進む。


「そこ、足元に気をつけろ」


ジェイドが指差した場所をよく見てみる。

すると、草の色と同色になるよう緑色に染めたロープが横に張られていた。


踏むと、罠か音が鳴る仕組みになっている?

触れないように跨いで先に進む。

このジェイドという男、神経質でとても疑り深い。

だが、こういう場では実に頼もしい。

しっかり仕事をしてくれる。


『カラカラカラ!』


鳴子が左右で鳴りだした。

見ると、戦士風の男、ビラルクが思いきり、ロープに引っかかっていた。


今のはワザとじゃ?


でもそんなことを言っていられない。

全員、立ち上がり、駆け出す。


「ハァハァ……」


最初に息を切らし始めたのは、侍祭のセレ・リードマン。

彼女は太陽と月の神「ルーラー」を信仰者。

奇跡も少しは使えるようだが、司祭ほどではないらしい。


意外だったのは、彼女の姉ポメラ・リードマン。

魔法使いなので、魔術の研究ばかりしていそうな印象しかない。

運動は苦手だろうと勝手に思い込んでいた。

だが、全然、息を乱さずついてきている。


「うぐぅ……」

「くそっ!?」


先頭を走るジェイドが罠を踏み抜いてしまった。

両側から矢が飛んできて、ジェイドと自分に矢が刺さった。


自分は肩でジェイドは首……。


「止まるな!」


他の3人に指示を出す。

ジェイドはもう手後れ。

ここで立ち止まっては全滅する恐れさえある。


だが、罠はこれだけではなかった。


「あぁぁ、がぁっ!」


ポメラまで罠の餌食になった。

木板が地面から跳ね上がる。

先を尖らせた木の枝が無数についていて、ポメラを串刺しにした。


それでも止まる訳にはいかない。

泣き叫ぶセレの腕を掴んで無理やりその場を離れる。


逃げている途中に背後から追っ手の気配を感じた。

だが、罠のあった場所からすぐに移動したのがよかった。

はやく行動に移せたお陰で、なんとか追っ手を振り切ることができた。


その夜、セレに治癒魔法を施してもらった。

だが運の悪いことに矢に毒が塗ってあった。

彼女は解毒の魔法はまだ使えないとのこと。

ありったけの魔法と回復薬を注ぎ込んでもらう。

だが身体から力がどんどん抜け、弱っていく一方。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!」


くそ、こいつ。

ビラルク。無表情でほとんどしゃべらない男。

何を考えているか、わからなかったが、こんなヤツだったとは……。


治癒魔法を限界まで使って意識を失いかけていたセレを襲おうとした。

止めるべく起き上がろうとしたら、蹴り倒されて唾を吐きかけられた。

茶色がかった不気味な歯を覗かせ自分を見下ろしている。


──よしわかった。

次はこうはいかない・・・・・・・


小瓶の栓を抜いて、中のどろりとした液体を一気に飲み干す。

自害用の毒薬は効果覿面。


一瞬で意識を失った……。



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