第8話 


「この中で戦えるものはいるか?」


この大陸で一番カラダの大きい獣人族テラノイド獣種巨象人トゥスカーの男。

身長はざっと見て2Mメトル半ほどある。


キサ王国王都テジンケリが陥落して1か月が経った。

今いるのはジューヴォ共和国の首都クレイビアにほど近い場所。

ここにキサ王国から流れてきた難民をまとめて受け入れている。

首都には入れてもらえない。

だが、定期的に食料や水、粗末だが大量のボロ切れを提供してくれた。

治安はそれほど悪くない。

と言うのも正直、キサ王国よりしっかりと食事が取れているから。

多少の言い争いとかは、たまに起きる。

しかし、窃盗や傷害事件は今のところ起きていない。


そんな中でのジューヴォ共和国からの任意による志願型徴兵。

誰も進んで手を挙げるものはいなかった。

すると巨象人の戦士が、付け加えて言った。


「報酬はひとり白金貨1枚だ」


白金貨を!?

それだけあれば、節約すれば数年くらいは仕事をせずに暮らせる。


「よし、そこのふたり、こっちへ来い」


手を挙げたのは、ふたりの女性。

ひとりは魔導ローブ、もうひとりは聖職者の衣を纏っている。

他にも戦士風の男と盗賊っぽい男が前に進み出た。


「他にはいないか?」


どうしよう? 

何をするのか知らされていない。

誰も徴兵されて何をするのか質問さえしようとしない。


でも正直、金は欲しい。

今は避難所に隔離されている

だが、いずれ国民として受け入れてくれるかもしれない。

その時に金は持っていた方がいいに決まっている。

たとえ、共和国が受け入れてくれなくてもどこかで使える。


「よし、おまえで最後だ。ついて来い」


手を挙げたら、指を差された。

すぐに身支度をする。

支度といっても、配給された服や布だけ。

腰帯袋オモニエルに詰めて、すぐに避難所を出た。


「サオン、この国に居たの?」

「これはカルテア様」


天幕に通される。

中にはキサ王国王女カルテアと護衛騎士ダンヴィルがいた。


「その者は?」


赤毛の獣人族獅子人レオネフの老人が問う。

奥に座っていて、チラリと自分に視線をやった。

その鋭い眼光に射竦められ、身体がぎこちなくなる。


「命の恩人です。シンバ将軍」


シンバ将軍という名は聞いたことがある。

ジューヴォ共和国の守護神、常勝将軍などと複数の異名をもつ。

大陸中にその名が知れ渡っている有名人であり、重要人物。

ひとたび彼が戦場へ現れると敵国の兵士は悪夢にうなされるという。


「すこしは心得があるようだな……その者でよいか?」

「ええ、彼は信用できます」

「そうか、では他の者は外で待っていろ」


自分以外の志願者は全員、外で待機を命じられた。

他の皆が出ていくと、巨象人トゥスカーの大男が説明を始めた。


「西にあるゲイドル火山を活性化してきてもらいたい」


ゲイドル火山というのは、レッドテラ帝国南東にある独峰の山。

でも、約50年前を最後に噴火は収まっていると聞いているが。


「制御者を倒すのが、おまえ達の任務となる」


巨象人が説明を続ける。

火山を祈祷術のようなもので制御している人間がいるそうだ。

その者を倒せば火山は数日もしないうちに活動が始まるという。


「それはつまり同盟を結ぶということですか?」


ゲイドル火山の活性化は、ジューヴォ共和国にとっては福音の鐘。

まず帝国が自国領からこの国へ手出しができなくなる。

するとジューヴォ・キサ両国がキサ王国奪還がしやすくなる。


「なかなか聡い若者よ、だがすこし違う」


巨象人に代わりシンバ将軍が口をひらく。


現在、キサ王国は王女カルテアのみが自由の身となっている。

国王や王妃、2人の王子の身柄は既にレッドテラ帝国にあるという。

カルテア王女以外の王族はキューロビア連邦へ亡命したそうだ。

だが、連邦は帝国と取引を終えていた。

そのため彼らは捕まり、すぐ帝国へ移送されたとのこと。


まもなく処刑される予定で、王族を根絶やしにして初めて終戦となる。


「ここにいるカルテア王女はおそらく唯一の生き残りとなろう」


それはすなわち、次期国王の最有力候補であることを意味する。

もちろんキサ王国自体が息を吹き返せば、の話。


「だが、その存在は国民に隠されていた」


カルテア王女は、現国王の娘ではない。

先代国王の庶子……寵妾の子であるそうだ。


母親はすでにこの世になく、母親の縁戚を転々としていたそうだ。

そんな中で先代国王が見つけ、王宮へ拾われた。

だが、先代国王はその翌年に崩御してしまった。

そして現国王に疎まれたカルテアは城の尖塔へと幽閉された。


「だから、血筋の正統性を自らの手で証明しなければならない」


シンバ将軍が、周囲が慄くほどの岩壁を打ち砕く視線で王女を正視する。

それに対して王女は、常人では気を失ってしまいそうな視線を正面から受け止める。


「これだ。王女は現国王の器の比ではない!」


シンバ将軍は先ほどまでの威迫めいた気配を消して、微笑で唇を歪ませた。


まずキサ王国として暫定臨時国家を立ち上げないといけない。

そのためにはそれに見合う十分な実績が必要となる。

そしてもっとも重要なのは共和国側へのお土産。

無償で、他国へ力を貸すわけにいかないから国民を説得する材料が欲しい。

つまり火山を活性化させて、帝国からの侵攻という脅威を取り払うこと。

この要件を満たして初めてジューヴォ共和国は手を組むそうだ。


「だが、カルテア王女は行かせられん!」


本人は参加を強く希望しているが、危険すぎると周りが引き止めている。


「そこでキサ国の勇士に行ってもらうことにした」


それが自分たち志願部隊の任務。

だが、任務の内容、目的地は他の者に話さないよう命令された。

任務が失敗した場合、情報が漏洩しないようにという保険。

他の者が捕まり、拷問を受けても自分が自害してしまえば漏れない。

小瓶を渡された。

これを口に含めば、たちまちの内に命を落とすという。





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