第7話 


見張りはひとりか。


テジンケリ城の北門の前に停めてある馬車。

馬が5頭に兵車と呼ばれる馬車が1台。

見張りの男は城の方を気にしていて、建物の陰に隠れた自分に気がついていない。


そっと近づいて、男の後頭部をフレイルの柄で殴って気絶させた。

次に繋がれている5頭の馬の綱を切り、解き放った。

そして自分は2頭立ての兵車へ乗り込み、手綱を握る。


この馬や兵車は十中八九、城の中で暴れまわっている反乱者のもの。

拝借しても、まったく胸は痛まない。


おっと、これは運がいい。

弓矢や投槍器アトラトル投石器スリングの数々が載っている。


兵車を走らせて、王女の元へ向かう。

ちょうど井戸から出て、南門の方角へ逃げようとしていたところだった。

前回と違うのは襲撃者が迫っており、王女の足で逃げきるのは難しい状況にあること。


「飛び乗ってください!」


大声で叫ぶと王女の護衛の男が反応した。

王女を横抱きにして、横切ろうとしている兵車へうまく飛び乗ってくれた。


「王女様、頭を低くしてください」


護衛の男は、まるで事前に知っていたかのように動く。

王女の頭を下げさせ、自らはたくさん載っている武器を手に取った。


襲撃中の男たちが声を上げる。

するとその声を聞いて、進行方向の先にある脇道から別の連中が出てきた。


「南門へまっすぐ突っ切ってくれ」

「はい!」


護衛の男が、兵車に近づいてきた男の額を矢で撃ち抜きながら、指示を出す。


南門が見えてきた。

前回はここで数十人くらいに囲まれたが、今回はまだ集まっていない。

制止を呼びかけられたが、手綱をさらに振って加速する。


槍で首を狙われたが、頭を振ってかわした。

以前の自分なら確実に当たっていた気がする。


轢きそうな勢いで南門へ突撃したので、阻んでいた連中は恐れて道を空けた。

そして南門をくぐると同時に護衛の男が門の縄を弓矢で切断した。




「何者だ?」

「サオンと申します」

「なぜ俺たちを助けた?」

「それは……」


護衛の男が、後ろから手綱を握る自分の首筋へ刃を当てる。

死に戻っている話を正直にしたところで怪しまれてしまいそう。

ふたりには申し訳ないが、すこし嘘をつく。


「大人数に襲われていたので、助けました」

「そうか、だが……」


ずいぶんと都合が良すぎるのではないかと問い詰められた。

ひとりで街中を巡る馬車とは到底思えない武器の数々。

都合が良すぎる登場。

たしかに疑われて当然だと思う。


「ここで降りてもらおう」


王都テジンケリから少し離れた木々が生い茂り、視界の悪い場所。

ここなら周囲から発見されにくい。


素性の知れない者をここで降ろして逃げる。

もし、自分が王女の護衛でもきっとそうすると思う。


「私はキサ王国の第1王女カルテア」

「いけません王女様!」

「ダンヴィル、いいのです。この者は信用できます」


やはり王女だったのか。

カルテア王女から助けた礼を受けた。

でも今は非常時。

次に会った時、あらためてちゃんとお礼をしたいと言われた。


信用できたとしても、2頭立ての馬車。

3人よりは2人の方が、より早く王都を離れることができる。


それに自分ひとりなら、命を落としてもやり直しができる。


「わかりました。では、お気をつけて」

「サオン、貴方に神のご加護があらんことを」


王女たちと別れて、小一時間が経った。

木々が生い茂った場所を過ぎると道が二手に分かれていた。

左はキサ王国と皇国ホンの国境にある峡谷へ行く道。

右がジューヴォ共和国へ繋がっていると立て札に書いてある。


ここは迷うことはない。

ふたりはこれからジューヴォ共和国へ向かうと話していた。

お礼を貰いたいとかではない。

ただ、こんな不思議な現象が起きる身になったのには、きっと意味がある。

王女を助ける道が正解とは限らない。

でも、自分はそうしたい。

国が変わるならそれを見てみたい。

彼女が王宮内でどんな処遇を受けていたかは、なんとなく想像はつく。

他の王族はお会いしたことはないが、王女はじかで見た。

だから少しでも力になれたらと思った。


立て看板の矢印のとおり右を選んで、しばらく歩いていた。


ん、あれは……。

王都テジンケリの方角から砂埃が舞うのがみえた。

徐々に複数の馬の蹄の音が響き始めた。


「よお、兄ちゃん。この道を兵車が通らなかったかい?」


上調子の軽薄そうな男。

紫色の長い髪を左側の耳元で結んで流している。

金色の耳飾りと唇に2本の輪っかを留めてある。

外見通りで判断するなら闇街の住人という言葉がしっくりくる。


「……いえ、1台も見ていません」


表情を変えず、声色を揺らさずに答えることができた。


「おかしいな。車輪の跡はこの道に続いてたんだけどな」


しまった。

よくみると比較的、砂地が多い道。

轍ができても1日かそこらで、すぐ消えるのを見落としていた……。


「あとほら? 馬の歩幅が広いでしょ」


他に蹄の跡……歩様をみても、かなり急いでいたことがわかるという。


「盗まれた兵車も2頭立てだし……ねえ?」


くそ、完全に疑われている。


──やるか?


軽薄そうな男を含めて、ちょうど10名の騎兵

だけど、全員がただの兵士じゃない。

かなりの腕利きだとみて間違いない。


やりあって勝てるか?

いや絶対ムリ。

知らないフリを押し通した方がいい。


「でも見ていないのですが?」

「ふーん、そう?」

「貴様、嘘をついたらタダでは済まないぞ!」

「まあまあ……よし、兄ちゃん、わかった」

「た、隊長!」

「もう1本の道を見てこようよ?」

「くっ、わかりました……」


軽薄そうな男が、自分を詰問しようとした騎兵をなだめる。

そのまま顎を振って、他の騎兵たちの踵を変えさせた。


「それじゃあ、またね・・・

「ええ、またご縁がありましたら」


笑顔で馬の向きを変えた。

見透かされているような目がとても気になった……。




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