第6話 


「う……」


目が覚め、激しく咳き込みながら、周囲を見回した。

よかった。王都テジンケリの橋の下だ。

もし、戦場からの再開だったらどうしようかと思っていた。


川の斜面を登って、西門から王都テジンケリへ入る。

孤児院には寄らずに城の近くにある隠し通路と繋がった井戸へ近づく。


まだ王女は上がってきていない。

城の方を見ると、爆発音とともに火の手が上がり始めた。


「離しなさい、国を見捨てるわけにはいかないのです!」

「王女様、なりません。はやくしないと追手がきます!?」


しばらく井戸の近くで待っていたら、王女の声が聞こえた。

前回は井戸を覗き込んだせいで、クロスボウで撃たれた。

なので、今回はすこし離れて様子を見ることにした。


「あなたは誰!?」

「サオンと申します」


10代中頃の女の子と20代前半の男性が出てきた。

ふたりとも平民の恰好をしているが、誤魔化しようのない気品さが漂っている。

少女の前で片膝を折り、こうべを垂れる。


「あなたは私が何者か知っているの?」

「いいえ、今しがた王女様と聞こえたものですから」


小ぶりなクロスボウの矢先が自分へ向いている。

帯剣している男性は手が剣の柄に触れていて、いつでも抜ける体勢を取っている。


「忘れなさい、私は王女でも何でもないわ!」

「わかりました」


違うと言い張るのは、なにか深い訳があるのだろう。

前回、矢を射られたのにもう一度、顔を合わせた理由。

それは彼女が「国を見捨てるわ・・・・・・・けにはいかない・・・・・・・」と話していたから。


眉唾だと思っていたある噂がある。

テジンケリ城の西の尖塔には少女が幽閉されている、と。

夜中に窓から顔を出している彼女の姿を目撃したという国民が意外といる。


少女の幽霊だという噂もある。

また、先王と噂があった辺境伯爵夫人との間に設けた庶子という説も。

いずれにせよ現国王には煙たい存在だったに違いない。

だからこそ・・・・・、先ほどの発言には意味がある。


どうしようもない国王とは違い、この国の行く末を案じている王位継承者。

目の前の少女に仕えたい、という訳ではない。

せめて、力になれることがあれば、手を貸したいだけだ。


「この上だ!?」


井戸の中が慌ただしくなってきた。


「早く逃げてください!」

「いいのか?」


王女のそばにいる男性が聞き返したので、大丈夫だと答えた。


「すまんな……王女様、こちらへ」


帯剣した男性がそう言うと、王女の手を引いた。

南の方……ジューヴォ共和国の方向へとふたりは走り去った。


さて、自分の方はというと……。


「うわっ、き、貴様ぁ!」


近くにあった棒切れで、井戸の縁に手をかけた男の頭を引っぱたいた。

最初に手をかけた男は井戸の下へ落ちた。

だが、すぐに別の男が井戸から出てきた。


くそっ、こんな棒切れ1本じゃ……。


どんどん井戸から這い上がってくる。

その数は全員で8人。

腰には剣や短剣を帯びている。


素人が相手なら、戦いながらこの場を切り抜けられたかもしれない。

だけど、目の前の男たちは訓練された身のこなしをしている。

結局、10秒も持たずにやられてしまった。


王都テジンケリの橋の下からのやり直しは2回目。

やり直しの合計回数としては268回目になる。


あの数を丸腰で相手をするのは無茶だ。

ほとんどの人は避難したのか、人影のない通りを進み、武器屋へ入る。

やはり店の人も避難済み。

盗むわけではない。

一時的に武器を借りることにした。


でも、同じことを考えた人がいたのか、少ししか武器が残っていなかった。

フレイルと呼ばれる棘付きの鉄球が付いた棍棒と刃渡り50CMセルチの小剣。


そのふたつを持って、王女へ会う。

事情を説明し、彼女らを逃がして追っ手と対峙する。


問答無用で井戸から上がって来れないようにフレイルを振り回す。

これで結構、時間が稼げたが、井戸とは別のところからきた連中に襲われて命を落とした。


269回目は、ある程度時間を稼いだら、自分も逃げることにした。

他の連中が回り込む前に移動を始めたが、井戸から出てきたヤツに叫ばれた。

結局、周囲を徘徊している他の連中に足止めされている間に囲まれてしまった。


270回目は、王女と護衛の男性に声をかけずに後を尾けることにした。

井戸から出てきた男たちが叫んで、囲まれそうになるのを何とか切り抜けていく。

だが、南門を抜けようとしたところで、完全に囲まれてしまった。

王女を守る護衛の男は、恐ろしく強かった。

ひとりで20人くらいは倒した……しかし、遠くから弓矢で狙われて肩に怪我を負った。

そこから時間もかからず護衛の男は命を落とした。

護衛の男の最期を見届けた後、戦いに加わってみたが袋叩きにあってしまった。


戦場では結構、敵歩兵を倒せたのに、ほとんど倒せない。

やっぱりちゃんと訓練を積んだ相手だと、厳しい。

だいぶ腕に自信はついてきていたが、複数人を同時に相手だと歯が立たなかった。


271回目が始まると考えを改めた。


どんなに井戸付近で奮戦して時間を稼いでも、王女たちは南門で捕まる。

護衛の男は、恐ろしく腕利きだが、敵の数が多すぎて王女を最後まで守り通せない。


王女を救う。

だけど戦っても、確実に負ける。

どうしたら、あの王都から無傷で出られるか?


──ッ、これなら!


ひとつ、策を思いついたので、試してみることにした。



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