第4話 ヴィクトリア視点 私の婚約者
私、ヴィクトリア・フレイシアは父に連れられ、クレイモア伯爵領にやって来ていた。
クレイモア伯爵家の次男、アレス・クレイモア様が私の婚約者となることを伝えられたのが約1ヶ月前。
今日はそのアレス・クレイモア様に婚約の挨拶のためにクレイモア領を訪れていた。
クレイモア領は私の生家、フレイシア子爵領の隣にあり、エアリアス王国西部において1、2を争う程に栄えている場所だ。町並みはフレイシア領とは比べ物にならない程に整えられているし、何より人々の活気が違う。
そして、現領主のイドルス伯爵はクレイモア領をここまで発展させ、善政を敷いている名君として名高い。若い頃からその才は突出しており、端正な容姿も相まって女性人気は凄まじかったとか………。
そのイドルス伯爵の次男であるアレス様だが、稀代の天才であると同時に魔法研究に取り憑かれた変人という噂ばかり聞いている。3歳で文字を覚え、大人ですら読むのを躊躇う学術書を嗜み、6歳で魔法・魔術を操る。まさしく絵に書いたような天才……………であったのだが、政治や剣などといった貴族に必要なことに一切興味を示さず、魔法や魔術の研究に没頭し続けているとか。
私を疎んでいる2個上の兄からは”婚約者になったのだから、実験体にでもさせられるんじゃないのか?”と脅されてしまった。
噂を聞く限りでは実際にあり得そうなのが恐い。
だが、実際に会った彼は噂と大いに違っていた。
冷静で紳士的な人というのが初対面での印象。外見は可もなく不可もなく、極々平凡なパッとしない少年といったところ。父親譲りの金髪と以前パーティーで見かけたクレイモア伯爵夫人と同じサファイアのような青い瞳が特徴的なぐらいだ。
常にニコニコしているのだが、その笑顔の奥には何か別の感情があるように感じる。それでも話し方や内容は私に合わせているし、変人と感じるところが一切なかった。まるで噂自体が彼を貶めるために流されているのでは?と感じるほどだ。
クレイモア卿の書斎から出てアレス様にクレイモア邸を案内していただいてからは、それがより強く感じられた。天才と呼ばれるだけあってとても博識だし、私が気になったことを質問したりすれば、丁寧に返答してくれる。何より彼のする話は私にとって未知の世界が多く、誰と話すよりも面白かった。
”やはり噂は間違いなのだろう。”
私がそう思っている時に彼の口から、
「ヴィクトリア嬢、次は庭園のほうに行きましょうか?」
と私がクレイモア邸を訪問すると分かってから、ずっと楽しみにしていた場所へのお誘いの言葉が発せられた。
「まぁ、庭園ですか?楽しみです……!」
「えぇ、我が家の自慢の庭園です。きっと気に入りますよ。」
「本当ですか?フフッ………私、実は植物が大好きでして……フレイシア家には庭園がないので、今日こちらに来るのをずっと楽しみにしていたのですよ。」
私は今日一いい笑顔でそう言った。
私はフレイシア家という武門の家系でありながら、植物を愛しています。
幼少の頃から貴族としての勉強やフレイシア家らしい剣の道、女の子らしい服や化粧ではなく、その辺に生えているような雑草に興味を示していました。例えば、紫っぽい赤色の可愛らしい花を咲かせるサンガイグサや瑠璃色の花をたくさん咲かせるオオイヌノフグリなどなど。実家の屋敷の外にたくさん生えていたので、それらの雑草を観察するのが大好きでした。
そんな私は幼少期、屋敷にある植物の図鑑にハマっていました。そこには私が知らない、見たこともない植物の世界が広がっていたからです。そして私はその未知なる世界を調べ尽くしたい。いつしかそう思うようになった。そのために私はエアリアス王国で植物の研究者になる。
だから父は同じ研究者の道を歩むであろうアレス様を私の婚約者に選んだのだろう。
武門の家系では研究職は疎まれる。実際私は兄に疎まれ続けているし、母にもいい顔はされなかった。唯一私の夢を後押ししてくれたのは父だった。
私が自由に研究を出来る場所を父は用意してくれたのだ。クレイモア家で知識を付け夢を叶えろと父が言っているように感じた。
普段は不器用な父の優しさが妙に嬉しかった。
そして、恐らくアレス様は私のことを受け入れてくださるでしょう。
アレス様のニコニコしている横顔を眺めながら、そんなことを考えているうちに庭園がすぐ側に見えるテラスへたどり着いた。
「こちらです。どうです?立派なものでしょう?」
「わぁ……!」
そこに広がっていたのは庭師の手によって綺麗に整えられた無数の花々でした。庭園の定番とも言えるバラやアリウム、ジギタリスをはじめ、ノウゼンカズラと言った庭園には向いていない植物までたくさん植えられていました。
「近くで見ますか?」
感動でまさしく開いた口が塞がらないといった表情の私にアレス様は優しく言いました。もちろんの私の答えは………
「はい……!ぜひ見させてください!」
即答である。
彼は私の手を引き、この庭園のメインとも言える真っ赤なバラの下へ導いてくれました。
私が図鑑でしか見れなかったものが目の前にある。その事実が私をとても興奮させます。
それにしてもこの庭園には一体どれだけの植物があるのだろう?
私の驚きと疑問が顔に出ていたのだろうか。
「母上の趣味が園芸でして…………中には遠い異国から取り寄せたものもあるんですよ。」
アレス様はそう教えてくれた。
この庭園はアレス様の母君が…………
アレス様の母君とは仲良くできそうだ。
っと、それはともかく私が図鑑で得た知識の擦り合せを行える絶好の機会。この庭園の植物について色々聞いておかねば………!
「まぁ……!よろしければ、どんな花があるのか紹介していただけませんか?」
「…………いいですよ。では、まずこちらから。」
アレス様はにっこりと微笑んで承諾してくれた。
一瞬アレス様の顔がえッ………?というような表情になった気がしましたが気の所為でしょう。
それから私は夢中になって植物を観察し、アレス様やこの庭園を管理している庭師の方に疑問に思ったことや図鑑でも見たことがない植物について片っ端から聞いていきました。アレス様も庭師の方も快く応えてくださるものですから、ついつい時間を忘れて自分の世界に閉じこもってしまいしたね。特に管理が大変だというノウゼンカズラの話であったり、エアリアス王国ではあまり見られないというテッポウユリの話は興味深かったです。
そんな感じで庭園を散策していると15時近くになったのでしょう。アレス様からお茶のお誘いを受けました。
「………ヴィクトリア嬢、そろそろお茶でもいかがでしょう?」
「……よろしいのですか?」
「えぇ。メイドには既に準備させていますので…………」
正直なところまだまだ庭園の植物を見ていたいのですが、庭師の方もぐったりしていますし、休憩の意も込めてお受けすることにしましょう。
それにしてもアレス様はすごいですね。庭師の方がぐったりしているのに涼し気な表情で微笑みを崩していないのですから。私も見習わなければですね………!
アレス様にエスコートされて案内されたのは、先程も通った庭園を一望できるテラスです。そこに置かれているテーブルと椅子の上には色とりどりのお茶菓子、白磁のシンプルなティーカップとポットが傍に控えているメイドの手によって用意されていました。
アレス様と優雅に紅茶を楽しみながら、美しい庭園を眺め、談笑する時間は私にとって初めてのことでとても新鮮でした。突然の婚約ではありましたが、アレス様となら上手いことやっていけそう。そんな風に感じるのが心地良いような、むず痒いような、不思議な感覚です。
あっ、でも迷惑ではないでしょうか?談笑とは言っても私はついつい植物のことだったり庭園のことばかり話題に出してしまいましたし。それに植物のことになると勢い余るというか、身を乗り出して話してしまうので……………
ですが、その心配はどうやら不要でした。
「ヴィクトリア嬢のお話は本当に面白いですね。私も一部分でしかありませんが植物を扱います。ヴィクトリア嬢の話はとても参考になりますし、いずれは一緒に研究などしてみたいものです。」
まるで私の不安を見て取ったようなその言葉に私は妙に感動してしまいました。
「ほ、本当ですか………?嬉しいです……!ぜひ一緒に研究しましょう!」
「えぇ、楽しみにしています。」
彼は微笑みながら私に楽しみにしていると言ってくれた。その微笑みを見て私は不思議と胸が痛くなりました。何故でしょう、顔がとても熱い。
傍にいるメイドの微笑ましいものを見たという表情が私の恥じらいを加速させる。
ちょうどその時、テラスに通じるドアが開いた。そこから現れたのは、アレス様の父君、イドルス・クレイモア伯爵。少し冷たく感じる低い声で私達に話しかけた。
「ヴィクトリア嬢、アレス、私達の話は終わった。私の書斎に来なさい。」
もしこのタイミングでイドルス様がいらっしゃなければ、私は逃げ出してしまっていただろう。イドルス様の冷たい声が私の顔の熱を冷ましてくれた。
私は表情を引き締め、アレス様と共に書斎へと歩き出した。
書斎では4人で軽く話をして、これで今日は解散という流れになった。
少し寂しい気持ちに蓋をしてアレス様の微笑みを目に焼き付けておいた。また会えるのに何でだろう。やっぱり不思議。
”今日は楽しかったなぁ。またアレス様とお話したいな………!”
帰りの馬車は父との談笑で少し盛り上がった。
人間辞めてみた〜ゲロ吐きながら頑張ります〜 烏鷺瓏 @uroron
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