第22話 ロットバルズ精神病院1




「………廃病院の浄化…ですか?」


 私の問い掛けにフィリップは頷いた。


「はい。今日は基礎訓練の後で、聖女たちは浄化の対応に当たるそうです。エリサ副隊長からの命令ですが、問題無さそうですか?」

「大丈夫です。病院へはどうやって…?」

「車を出すみたいですよ」


 フィリップに待ち合わせ場所と時間を聞いて、私は訓練場を後にした。聖女たち、と言うからには騎士や魔術師たちは来ずに、文字通り案内役を除いたら聖女だけの集まりなのだろう。


 ほとんどの行動をクレアやダースたち、第三班の皆と共にしているので、私には同じ聖女の友達が居ない。マルイーズではメリルという友人が居たから、少し心細くはある。けれども若くはないし、新米聖女でも無いのだから、あまりメソメソするわけにはいかない。


 案内役の団員によると、荒廃した廃病院で夜間に嫌な唸り声がするらしい。魔物の気配は察知していないけれど、放っておくと巣穴にされる可能性が高いということで、早めの浄化を持ち主が依頼してきたという内容だった。



「あの……認定聖女のローズさんですか?」


 移動中に隣に座った若い女の子が声を掛けてくれた。

 嬉しくなって私は笑顔を返す。


「はい。ローズ・アストリッドです。貴女は?」

「私はオーロラ・ペルーシ。お噂は予々かねがね…」

「噂………?」


 首を傾げたタイミングでバスが揺れた。


「今から行く廃病院、危険レベルを引き上げるか検討中らしいですよ。ゴア隊長も後から様子見に来るとか」

「まぁ、そうなんですか?じゃあ気合いを入れなければですね。頑張りましょう!」

「ええ。是非とも頑張ってください」


 何処か他人事な返答に違和感を覚えながらも、私たちは互いが所属するチームのことや、最近の訓練の調子などについて語り合った。


 オーロラの所属する班は来月の頭に訓練の一環として南部の高原に向かうらしい。そういえばフィリップも遠征を組みたいと言っていたし、近々そうした予定が発生したりするのだろうか。


 遠征となるとプラムを置いて行けないからどうしよう、と頭を悩ませ出した時、バスは停車した。



「ロットバルズ精神病院です。皆さんには今から四人でチームを組んで、各自与えられた区域の浄化に当たってもらいます。危険を察知したら各チームのリーダーに配布した魔笛を吹いてください。音は鳴りませんが、必ず私たちの元に届きます」


 案内役の団員たちはそう言って笛を持ち上げて見せる。銀の笛が、太陽の光を受けてキラリと光った。


「日が暮れたら魔物の動きが活発になるため、夕暮れ時には撤退します。必ず時間までに集合してください」


 その声を最後に、各チームの構成員が発表される。

 幸いにも私はオーロラと同じ班だったので安堵した。


 廃病院と言うだけあって、目の前にそびえ立つ病院は昼間でも雰囲気抜群だ。古くなった建物の浄化には何度も当たったことがあるけれど、ここまでの規模は経験がない。



「ロットバルズ精神病院は五年前までは現役で役目を果たしていたみたいです。たった数年でここまで朽ち果てるなんて、恐ろしいわ……」


 オーロラの声に私たちは頷く。

 私のチームはオーロラがリーダーを務めることになった。院内は広く、私たちは最上階にあたる四階の突き当たり周辺の浄化を担当するとのことだ。


 階段を上がりながら窓の外を見るとまだ昼過ぎだというのに薄暗く、コウモリが数匹飛んでいた。夜行性だと聞いたのに、と不思議に思いながら歩みを進める。


(危険レベルを上げるということは、何か不審な動きでもあったのかしら……?)


 内心怯えながら作業しているためか、色々なものが怪しく見えてくる。一人一部屋ということで病棟を回っているけれど、音がしなくなったように感じるのは気のせいだろうか。


 その時、空が一瞬明るくなり、大きな音が響いた。

 見るとポツポツと雨粒が窓を打っている。


 もう作業を終えたのか、いくつかのチームが建物の外にすでに待機しているのが見えた。誘導していた団員が魔笛を吹いて何かを叫んでいる。


 私は慌てて部屋を飛び出した。

 オーロラたちに知らせようと思ったのだ。



「オーロラ…!招集が掛かってるかも!」


 しかし、視線の先に見えたのは何処までも続く長い廊下。暗い通路の端は見えず、ただ窓の外からぼんやりと薄暗い明かりが差し込むだけ。何かがおかしい。この廊下はこんなに長くはなかったはずだ。



「みんな、何処に居るの……?」


 声が返って来ない。


 私は魔笛を持っていない。咄嗟に戻った窓の向こうで、バラバラとバスに乗り込む聖女たちが見える。軍団の中に見知ったブロンドの髪を見つけた。あれは、オーロラだ。


「待って!行かないで、まだ……!」


 泥を跳ねながらゆっくりとバスが走り出す。

 空が光って、また何処かで雷の落ちる音がした。


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