第23話 ロットバルズ精神病院2



 手元には明かりがない。

 音も出せない。


 勇気を出して廊下を歩いてみたけれど、どうやらこの空間に終わりはないようで、見える景色は変わらない。閉じ込められたということは分かった。



(朝まで待てば……助けが来るかも)


 プラムの迎えが来ないことを不審に思った施設の人がフランに連絡したりするかもしれない。そこで、彼が翌朝になってゴア団長に確認を取ったら、きっと私がまだ戻っていないことに誰かが気付くはず。


 だけど、それはつまりここで一晩越すということ。


 光も熱もないこの場所で、一人きり。

 私は朝まで耐えることが出来るだろうか。


 いや、出来る出来ないの話ではない。残された以上はやり切るしかない。幸い空間の浄化は済んでいるし、この建物はもう危険ではない。私だって認定聖女として生きてきたんだから、これぐらいどうってことは……



「まぁ……怖いけどね……」


 声に出して認めると尚更心細くなった。


 きっとオーロラや他の班の人たちも気付かなかったのだろう。私が先にバスの乗り込んだと思ったのなら仕方ない。それは誰かを責める理由にはならない。


 今は何時なのだろう。

 病室に掛かった時計は二時を差したまま止まっていた。壊れているであろうそれは頼りにならない。


 こんな時、騎士だったら剣なり銃なりで脱出したりするのだろうか。もしくは魔術師だったら、魔法で熱を起こしたりするのかも。


 私は無力な聖女で。

 祈祷や浄化は出来ても、今は何の役にも立たない。


 ズルッと座り込んで膝を抱える。気温が下がってきている気がする。もうすっかり春だと思っていたけれど、地域によっては冷え込むのだろうか。水の属性の魔物は寒い場所を好むなんて言うけど、本当なのかしら。


(………ダメだわ、嫌なことばかり考えちゃう)


 なんだか聞こえない音が聞こえる気もするし。

 心なしか何かが近付いて来てるような気配さえする。


 いやいや、私にはそんな察知能力もなければ、超人的な耳の良さもない。浄化したこの空間に魔物が現れるなんて有り得ない。だって、私たちはすべての空間を浄化したんだから。抜け道でも無ければ、入ってくることは不可能。


 でも、もしも、何処かに穴があれば?




「うそ……待ってよ………」


 俯いていた視線の先に何かがポタリと落ちた。

 ポタタッと立て続けに数滴落ちるのをただ眺める。


「嘘でしょう、そんな…このタイミングで」


 耳をつんざくような鳴き声が建物を揺らした。

 ぶわっと冷たい空気が私の身体を撫でて、空間を凍らせる。さっきまでわずかに差し込んでいた光が、いつの間にか見えなくなっていた。


 ゆっくりと顔を上げる。


 長い首をもたげた白い大きな頭。

 鋭い牙が生えた口から涎が流れ落ちる。


 窮屈そうに双翼を羽ばたかせると、耐え切れないように壁の一部が吹き飛んだ。文献でしか見たことがないけれど、私の記憶が正しければこれは。



「………白龍…?」


 魔物は答えるように咆哮を上げた。

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