第21話 手紙




 家に帰ると、黒い封筒が郵便受けに入っていた。


 べつに珍しいことではない。私は溜め息を吐いて宛名を確認する。毎度毎度懲りずによく送って来ると思う。私宛にこうした封筒が届くのはこれで八度目で、最初は驚いたけれど最近では慣れた。


 フランと暮らしているという話は何処から漏れたのか、今では騎士団中に広がっているようだ。隠していたわけではないし、幼いプラム以外はこれがゴア隊長の上官命令だと知っているから問題はない。


 だけど、納得していない人も居る様子。



「“アバズレ聖女へ……騎士様に媚びるのは止めてください。目障りだし見苦しい。貴女とフラン様が同じ空間に居ると思うと吐きそうです。” ……なるほど、なるほど」


 どうしたものか。

 こんな手紙をプラムが見たら怖がるだろうし、フランが吐いた嘘のこともあるから、今更本当のパパではないと言えない。私たちが任務を終えて別居する際は、本当に彼が言っていた通りに離縁したと伝えるべきかもしれない。


 というか、この同居生活はいつまで続くのか?

 私が騎士団に慣れるまでというなら、もう結構月日は経った。王都サングリフォンでの生活も二ヶ月目に入ろうとしている。


 フランは相変わらず何処をほっつき歩いているのか、帰るのが遅い日が多い。べつに彼はただの私の同僚だし、家で受けるストレスを他所の女で発散するのは結構。それがプラムの耳に入らないのであれば、好きにしてくれて良い。


 良いのだけれど、この手紙たちはいただけない。



「媚びるどころか他人よ……」


 長い溜め息を吐く。


 とりあえず、誰の目にも入らないようにビリビリに破った手紙をゴミ袋の奥に突っ込んだ。フランを問い詰めれば良いのだろうか?だけど、恋人でも無いのに「貴女の女に嫌がらせされている」なんて言える?


 誤解が誤解を生んでいるようで、近頃訓練場でもなんだか冷たい視線を感じる。クレアは気にしないでと言うけど、背中に刺さる視線は無視できない。


(………皆、あの男の何が良いの?)


 口が上手いわけでもなければ愛想も無い。

 強いて言えば顔が良くて、騎士としての実績はある。


 ウロボリア王立騎士団からの勧誘で入隊したと聞いたけど、いったい階級はどの程度なのか。聞いた話では、騎士団は、団長を筆頭に副団長が二人、後のメンバーは十五の等級に分かれているらしい。上位に行くほど数字が小さくなるみたいで、リーダーのフィリップが六級だから、どう高く見積もっても八か九あたりだろう。



 この家の生活費はフランから支給されていた。

 最初は断ったけれど「ゴアからの命令だ」という一言を受ければ、了承するしかない。マルイーズでフリーの聖女をしていた頃よりは遥かにお給料は上がったけれど、十三階級の私は余裕がある方ではない。



「………さて、夕飯を作りましょうか」


 椅子に掛けたエプロンを掴む。


 今日は早く上がれたけれど、あと少ししたらプラムのお迎えにも行かなければ。彼女は最近施設にお友達が出来たようで、私が迎えに行くと揃って出て来て「今日はパパ来ない?」と聞く。フランに迎えを頼んだことはないけど、頼めば彼は行ってくれるのかしら。


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