転生した学園ファンタジーでヒロインの「三大美少女」が主人公の俺にだけデレデレしてくるが、クラスメイトのモブ女子が一番可愛いと思う

守次 奏

第1話 どうやら俺はゲームの主人公らしい

 城塞都市の中心に聳える三つの塔。

 それは選ばれし者にのみ門戸を開いている「アルティミシア魔法学園」の象徴だった。

 俺──アレス・アイゼンブルクはその塔を見上げて、拳を固める。


「遂にこのときがやってきたぞ……!」


 アルティミシア魔法学園は能力のある人間を生徒として迎え入れる。

 そこには出自も身分の差も関係ない。ただ実力という結果を示した人間だけが、生徒になれる。

 そう、例えば俺のような平民であったとしても、貴族の令息や令嬢とくつわを並べて勉強することができるのだが──俺が喜んでいるのは、そこじゃなかった。


「もうすぐで……もうすぐで最推しを間近で拝める学生生活が始まるんだ……!」


 期待に胸を高鳴らせながら、階段を駆け上がっていく。

 俺はいわゆる転生者というやつだった。

 死因は確か三徹明けの朝、歩道橋から足を滑らせて落っこちたことだったと記憶している。


 そして目が覚めたそのとき、俺は前世でそこそこやりこんでいたゲーム、「魔導まどう恋究れんきゅうアルティミシア⭐︎クロニクル」の世界に転生していたのだ。

 話が唐突かもしれないが、俺だって最初は信じられなかったさ。

 だが、両親が見覚えのある日用魔法を使っているのを見たり、成長していく自分の姿を鏡で見たりして確信を得たのだ。


 俺は、この世界における主人公──「アレス・アイゼンブルク」として生まれ変わったのだと。

 元の世界に対する未練だとか、そういうのがなかったとはいわない。

 だが、それ以上に喜ばしかったのは、「アルティミシア⭐︎クロニクル」本編では残念なことに攻略対象外だった最推しと青春が送れるかもしれなかったことだった。


 最推しの名は、フィオリーネ・フローレンシア。

 分厚い設定資料集にもただ一言「家が莫大な借金を抱えていて、学費の捻出にも苦労している」というテキストが添えられているだけの──いってしまえば、モブだった。

 だが、好きになってしまったからにはしょうがない。


 お近づきになりたいとかお付き合いしたいとかじゃなく、俺はあくまで遠くから最推しの姿を見守りたいだけなんだ。

 だから、その一心でひたすら勉強した。

 魔法も剣術もひたすら鍛えに鍛え抜いて、今ここにいるのだ。


 アルティミシア魔法学園の制服を着ていることを確認した守衛が一礼して、門を開く。

 すると、目の前に広がったのは中心に噴水が設置された、豪奢なガーデンだった。

 恐らく俺と同じ平民上がりであろう生徒がその光景に感涙する傍ら、貴族の出と思しきやつはご同輩と語り合いながら、通り過ぎていく。


「入学式は確か、一番大講堂だったな」


 三つの塔が聳えるこの学園は、変わったことに、大講堂もまた三つ存在するのだ。

 鞄の中にしまっていた地図を取り出して、一番大講堂の位置を確認する。

 一番というだけあって、中庭から真っ直ぐ歩いていけば辿り着くのはゲームと変わらないようだ。


 親切な設計に感謝しつつ、大講堂に向かおうとしたそのときだった。


「あぅっ……!」


 足をもつれさせたのか、派手に転倒して鞄の中身をぶちまける女の子が目に映る。

 ドジだなぁ、と思ったのも束の間、俺は起き上がったことで露わになったその美貌に息を呑む。

 腰まで伸びた栗色の長髪に、大きく丸い琥珀色の瞳。見間違えようもない、この女の子が、彼女こそが。


「大丈夫か?」


 ぼろぼろになりかけている参考書を拾って、俺は彼女──フィオリーネ・フローレンシアにそう問いかける。

 平静を装ってこそいるが、内心ではめちゃくちゃ緊張していた。

 仕方ないだろう、目の前にいるのは俺の最推しなんだから。


 それにしたって、見れば見るほど美少女だ。

 開発担当はなんでこの子をモブキャラなんかに押し込めてしまったのか。

 あまりにも勿体なさすぎるだろう、と前世の開発班を恨みながら、答えが返ってくるのを待つ。


「だ、大丈夫ですっ、お手を煩わせてしまって、ごめんなさい……」


 か細い声でそう答えると、フィオリーネは慌てたように散らばった残りを拾い集めた。

 まるで、なにかにせき立てられたかのように。

 そしてそのまま、彼女は脱兎の如く逃げ去っていく──のを、手を引いて俺は引き留めた。


「あ、あの。まだ、なにかご用、でしょうか……?」


 フィオリーネは、どことなく不安げな表情で問いかけてくる。


「いや。用っていうかさ、参考書忘れてるから」


 俺は左手に持っていた参考書をフィオリーネに差し出してそう答えた。


「ほ、本当です……! ご、ごめんなさいっ。な、何度も……お手を、煩わせてしまって」

「いやいや、気にするほどのことじゃないって。それよりこの参考書、めちゃくちゃ読み込んでるんだな」


 俺は手渡した参考書に貼り付けられている大量の付箋を指して言う。

 他にもページの端が捲れ上がっていたり、入学前から何度も何度も読み返したのであろう痕跡が、フィオリーネの参考書には残っていた。


「え、えっと。ごめんなさい。見苦しいものをお見せしてしまって……」

「いやいや、むしろ尊敬するよ。俺は座学はほとんどからっきしだからさ、体を動かしてる方が性に合ってるんだ」


 俺は肩を竦めて笑った。

 実際、ほとんど剣の腕を買われて入学したようなものだったからな。


「わ、わたしは、その。逆に……」

「ははっ、そうだろうな」

「お、仰る通りです。わたしは……と、特に取り柄とかもないので……えへへ……」


 しゅん、と俯いてフィオリーネは泣きそうになりながらも無理やり笑顔を形作る。

 自虐で笑ってほしいという意志が伝わってきたが、あまりにも悲惨すぎて逆に痛ましい。

 参ったな、俺はただ、彼女に笑ってほしいだけだったのに。


「そんなことないさ、その参考書を見ればわかる。君には努力の才能がある!」

「ど、努力の……才能……?」


 フィオリーネは困惑したように小首を傾げる。

 まあそれもそうか、努力する才能って一見矛盾してるようにも聞こえるからな。

 でも、これは事実だ。


 俺はフィオリーネみたいに何度も何度も参考書を読み返したりできないからな。

 そこは間違いなく誇ってもいいところだ。

 大体、才能なんてものは人によって異なるからな。


「頑張り続けることができるって意味だよ、そういう意味じゃ君はすごい。他の誰がなんと言っても、俺が保証する!」

「あ、ありがとうございます……ぐすっ」

「泣くようなことじゃないって」

「ひ、人にそういうこと言われたの、初めてなので……本当にありがとうございます。えっと……」


 困ったようにフィオリーネは人差し指を合わせて、俺から視線を逸らしてしまう。

 俺の方は原作知識で知ってるからいいとして、そういえばまだ名乗ってなかったな。


「アレス・アイゼンブルクだ」

「あ、アイゼンブルクさん。素敵な名前、ですね……え、えっと。わたしは……フィオリーネ・フローレンシア、です……」

「可愛い名前だな」

「か、かわっ……! 可愛い、ですか……?」


 つい漏れ出た本音に対し、フィオリーネは顔を真っ赤にして上目遣いで俺を見上げてくる。

 その仕草は反則だろう。

 いくらなんでも可愛いがすぎるぞ。


「ああ。一緒のクラスになれるといいな、フィオリーネ! それじゃ!」


 だが、ここで限界オタクになるわけにはいかない。

 いくら鼻血が出そうでも堪えなければいけないのだ。

 仕方なく、そしてさりげなく俺はフィオリーネに手を振って、大講堂へと一目散に走り去っていく。


 間近で見る最推しの潤んだ上目遣い、プライスレス。破壊力、測定不能。

 言葉にするならそんな具合だろうか。

 その魅力にノックアウトされる前に、俺は入学式の席につくのだった。




◇◆◇




 転生前の現実世界もそうであったように、入学式という儀礼そのものは退屈極まっている。

 学長がなにやらありがたいお話を説いてくれていた気がしないでもないが、俺は眠気を堪えるので精一杯だった。

 原作のテキストもほぼ早送りしてた気がするし、そんなものだろう。


 クラス分けも無事に終了し、あとは教室に向かうだけだと大欠伸をしていたときだった。


「そこの貴方!」


 大講堂に響く、自信に満ちた声が俺を呼び止める。

 振り返ってみれば、そこにいたのは長い薄紫色の髪の毛を縦ロールにした、いかにもお嬢様といった具合の美少女だった。


 眠い目を擦りながら、俺を指差しているその子の方を振り返る。

 クリスティーナ・ヴィルマフレア。

 倍率がとんでもないことになっているこの魔法学園において、入試を主席で合格したという傑物だ。


 なんなら入学式でスピーチも読んでたからな。

 俺は半分寝てたけど。

 それはともかく、そんなやつがなんでわざわざ俺に絡んできたかというと、だ。


「貴方、平民出身でしょう? にもかかわらず入学をお許しになった学長の言葉を聞いていないとは不敬の極みですわ! よってわたくしは、貴方がこの学園に不適合な存在であると、『インペリウム・ラウンズ』の権限をもって判断しますことよ!」


 色々と早口で捲し立てられたが、要するに「インペリウム・ラウンズ」というのは、学年首席だとかなにかしらの功績を残したやつだけが入れる──要は生徒会だ。

 そしてこの生徒会には公的な権力として、「この学園に相応しくない」存在を追放する権利が委ねられている。

 基本的には、この強権に逆らう方法はない。


 だが、不服を申し立てる方法もちゃんと存在している。

 それは生徒会の通告だけでなく、学生同士のトラブルだとか、当事者間の話し合いでは解決できそうにないことに用いられる制度だ。

 ゲームではここでようやくアレスを動かして、退学の危機を回避するチュートリアルが始まるわけだった。


「別に俺以外にも寝てるやつなんてごまんといただろ、なんで俺なんだ?」

「まあ! 怠惰な平民の分際でこのクリスティーナ・ヴィルマフレアに口答えまでなさるつもりですの!?」

「ここの学則じゃ入学した生徒は貴族だろうが平民だろうが平等だろ」

「ぐぬぬ……」

「だからあんたの主張は理に適ってないんだよ」


 肩を竦めて、俺は溜息をつく。


「も、もういいですわ! アレス・アイゼンブルク! 貴方には力の差を骨身に刻まねばならないようですわね、わたくしは貴方に『決闘』を申し込みますわ!」


 決闘。

 つまるところ生徒間での模擬戦闘、それこそが、この学園における紛争解決における最後の手段だった。


「上等だ、受けて立つぜ」


 俺とクリスティーナの間で決闘の合意は成立した。

 そのせいか、大講堂を出ようとしていた多くの生徒たちが歓声を上げながら、さっき座っていた二階の席に上っていく。


 見上げた野次馬根性だ。


 一周回って感心するね。

 俺は大講堂の講壇から見て正面にある舞台に登って、腰に下げた剣を抜き放つ。


 手入れは欠かしたことこそないが、店売りの量産品だ。


 対して、正面に立つクリスティーナが持っている槍は幾何学的なデザインで、明らかに一品ものといった雰囲気を纏っている。

 切れ味なんかも、俺の剣とは比べ物にならないだろう。

 武器、魔法──多くの面において俺はクリスティーナに負けている。


 だとしても、やるしかないんだ。


『ショウ・マスト・ゴー・オン(幕は開かれた)!』


 その号令を合図にして、決闘は始まった。

 まず、俺は後ろに飛び去って、クリスティーナから距離を取る。

 槍と剣のリーチの差もだが、それ以上に警戒しなければいけないのは、彼女の魔法だからだ。


「ヴィルマフレアの名にかけて!」


 その言葉を合図に、炎と氷、本来であれば相反する魔力が共存し、相対する槍の穂先にまとわりつく。

 俺は剣の腹で衝撃を逃し、直撃を回避する。

 しかし、大講堂を埋め尽くす歓声は、鮮やかな魔法を使いこなすクリスティーナに向けられていた。


「逃げ回ってばかりでは戦いになりませんことよ、アレス・アイゼンブルク!」


 挑発するように手招きしながら俺の名を呼ぶクリスティーナは、炎と氷の魔力を宿した槍を構え直す。

 その美貌には余裕たっぷりな笑みが浮かんでいるのがどうにも憎らしい。

 だが、あの相反する魔力の相剋を武器にしている槍の一撃を貰えば、こっちがノックダウンされるだろうから逃げ回っているのだ。


「逃げ回りゃ、死にはしないからな……!」

「わたくしの魔力が切れたところを見計らって勝ちを狙うつもりですの? だとしたら、気の長い話ですわね!」

「ちいっ!」


 クリスティーナは大講堂の真ん中に設営されたリングの床に氷を作って、その上を滑走しながら槍を繰り出してくる。

 

「後ろか!」

「中々鋭い目をしていらっしゃること!」


 はっきり言って勝ち目は薄い。

 俺は歯を食いしばりつつ、背後から急襲してきたクリスティーナの一撃を弾き返す。

 炎と氷の相剋もそうだが、厄介なのは相手が氷を滑走路にしていることだ。


「後ろにも目をつけないとダメだって、散々教えられたからな」

「いい師に恵まれたのですわね。それも……じきに意味をなさなくなるでしょうが!」

「お前こそ、平民に負けて恥をかく準備はできてるのか?」

「減らず口を!」


 槍の穂先と剣の刃が交錯し、火花を散らす。

 恐らく滑走の絡繰りは単純なもので、炎の魔力で氷を溶かしながら進んでいるのだろう。

 そう考えると、当初の作戦通り、逃げ回って体力切れを狙うのは現実的じゃない。


 そうなると、なにかしら一発逆転に賭ける手札を切るしかないんだが、選り好みはしていられない。

 初見殺し。それこそが俺があいつに勝つために残された切り札だ。

 いけるかどうかは、駆け引き次第だが。


「随分と調子に乗られているようですけれど……ここまででしてよ!」


 クリスティーナの魔力が急激に高まっていくのを肌で感じる。

 恐らくは痺れを切らして、大技を撃ってくるつもりなのだろう。

 それが具体的になんなのかはわからないが、直撃すればタダじゃ済まないことだけはわかった。


 大講堂を埋め尽くしている観戦者たちは、口々にクリスティーナを讃えている。

 ついに出るぞ、だとか、来るぞ、だとか、そんな感じの歓声が響いている。

 どうやらクリスティーナが繰り出そうとしているのは、貴族階級の生徒たちの間ではどうやら有名な技らしい。


 このタイミングで俺が仕掛ける隙があるとするなら、それは。

 剣を構え直して、切っ先をクリスティーナに向ける。


「氷炎の双極を結い、その極限を我が槍の尖端に宿す。相剋の真髄、顕現せよ! 氷炎螺旋──」

付与エンチャント速度スピード!」


 勝負を分けたのは、ほんの一瞬のことだった。

 効果がシンプルな分、詠唱が一節だけで済む俺の付与魔法と、威力がデカい分必然的に詠唱が長くなるクリスティーナの氷炎魔法。

 その、普段であれば問題にもならないような差が、今この瞬間においては勝負を分ける一因となったのだ。


 「速度」を付与した俺の肉体は、雷のように加速して、クリスティーナの眼前に迫っていた。


「なっ……!?」


 信じられない、とばかりにクリスティーナは紫色の目を見開く。

 その緊張した息遣いさえ聞こえてくる距離まで肉薄されれば、当然のように驚くだろうなあ!

 呆気に取られた表情を浮かべるクリスティーナが右手から力をわずかに抜いたことを察知し、俺は剣を横薙ぎに振るった。


 きぃん、と鋭い金属音を立てて、クリスティーナが持っていた槍が弾き飛ばされる。

 そして、間髪入れずに俺は彼女の首筋に剣を当てた、その瞬間だった。

 観客たちの歓声が困惑と怒号、そして一部は囃し立てるような口笛に変わっていく。


 この決闘の勝利者は、俺だ。


「……チェック・メイト!」


 それを言葉に出して、宣言する。

 これでとりあえず、退学は免れた。

 だが、困ったことが一つある。


 ──それは。


 ほとんどのやつらが俺に向けて野次を飛ばしている中で、興味を持ったような視線が二つだけ向けられていることだった。

 観客席の最前列に座っている銀髪に赤い瞳の少女、リーゼシュテル・エストレヤ。

 その隣にいて手を叩いている赤毛の少女、アンジェリカ・オルドマキナ。


 そして、今目の前で屈辱の表情を浮かべている、クリスティーナ・ヴィルマフレア。


 この三人こそが「アルティミシア⭐︎クロニクル」の攻略可能ヒロインにして、学園の「三大美少女」と呼ばれる存在なのだ。

 美少女たちにこぞって興味を持たれる。

 普通なら、諸手を挙げて喜ぶことだろう。


 だが、俺は喜べない。

 それのなにが困るのかって、俺は。

 観客席の端っこの方に視線を向けると、怯えるようにびくびくしながらも、笑顔で小さく手を振っているフィオリーネが瞳に映る。


 ああ、可愛い。

 あまりにも可愛いがすぎる。

 俺にとっては、彼女が、フィオリーネ・フローレンシアこそが「三大美少女」よりも大事な最推しなのだから。

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