第59話

 旧ヴァルキシア帝国の帝都で復活を果たした亜竜。


 どっかの特撮映画の様に、突如、現れては町や村を破壊して去っていく災害と化している。

 スリフィの話では、普段は人の姿を形取っており、人の姿で移動するから痕跡が追いにくいのではないかと。

 とはいえ、その暴れる箇所も旧帝都からどんどん離れて行っており、前回、出現した場所は帝国の僻地であって、ほっときゃ、どっか行くかなと放置する予定だったらしい。


 それが今回まったく違う場所、旧帝都より徒歩でも数日と言う、比較的、帝国の中心に位置するグランドム侯爵の領地に出現したそうだ。


「侯爵自身は、フォンラン皇女をボードペ・ブフスの館から引っ張りだそうとするのに忙しくて、領地に居なかったそうですが……」


 ファニスにボコボコにされたフォンラン皇女。


 すっかり閉じこもってしまい、ブフスの館から出て来なくなった。

 そこで困ったのが、その館の主であるマダム。

 いつまでたっても自宅に戻れない、いい加減になんとかしてよ、とグランドム侯爵に苦情をいれて連れ帰ってもらおうとしていたそうだ。


 まあ、そのおかげで命が助かったとも言えるかな。


「領地にあった館は全壊――――ご子息も生死不明とのことです……」


 グランドム侯爵のご子息と言えば、ファニスの元婚約者だったのでは?


 今は婚約破棄されて、ファニスの異母姉であるフォンラン皇女の婚約者になっていたはず。

 まあ、その婚約も破棄されたそうだし、いろいろついてないお方だったのかもしれない。

 とはいえファニスにとっては、帝都崩壊時に真っ先にその場所へ向かおうとしたほどだから、それなりの思い入れもあった人のはず。


 そっとファニスの表情を窺ってみる。


「そう……」


 その一言だけ呟いて、渋い表情でキアラさんの方を見つめている。


「捜索に向かわれますか? なんたって、彼はファニス様の婚約者、愛する・・アダダダ……」

「元、よ。そして今はなんとも思っていないわ……あんた、知ってて言っているでしょ?」

「困ったお方やね、ファニスもどうしてそんなお方を使い続けるのか」


「しゃあないし、こう見えても無駄に有能だし――――例の狂信者共と紐づきじゃないのも確実だからね」


 どこも人材不足は深刻やね。


 特に、一度すべてを失っているファニスは。

 素直にアールエル王女に協力を仰げばよいのにな。

 なんだったら、オレから頼み込んでも……


「いやいやいや、アレはヤバいでしょ。普通に関わり合いたくない」

「そこまで酷いか?」

「酷いかどうか、というよりもねぇ……部下の部下が私の部下であるとは限らないのよ?」


 ファニスがアール様を配下に従えたとする。

 そこで彼女へ指示を与えたとする。

 当然、アール様が実際に動く訳じゃないので、自分の部下達に指示を出す。


 問題はその部下がアール様に心酔している奴らなので、アール様に対して利のない事であるのなら、まともに動くとは限らない。


 仮に動いたとしても、ファニスじゃなくアール様に利があるように動く。

 さらに、ファニスが出した指示がアール様に不利になるような事であれば、ボイコットで済めば良い方。

 最悪はファニスの命が狙われかねない。


「同じ陣営でいると情報も伝わり易いし、それがアイツ以外に指示を出した事であっても、邪魔をしにくる事は確実」


 ああいうのは、拒絶するのも良くないけど、近寄り過ぎるのも良くない。

 適度な距離をもって、監視しておくのがちょうど良いと言う。


「さすが、自分の身に振る掛かるとなると必死だねえ」

「あんたも他人事じゃねえわよ、現時点でも直轄領にアイツらが居るのよ? なんかやらかしたら責任をとらされんのあんたんとこだからね」

「そういや、そうだったわ~……」


「まあ、アール様のとこはともかく、どうするんだその、亜竜」


 さすがにここまで被害が多いと放置もできまい。


 特に今回、台風などと違って進路予想も当てにならないという事が実証された訳だ。

 というか、なんで亜竜は人の町ばかり襲うのだろうか?

 一度、封印されたことがあるって事は、人の反撃もバカにならないっていうのも分かっているだろうに。


「キアラ、とりあえずグランドム侯爵の領地に行って状況を調べて来て。できれば人に変身した後の人相なども分かるといいわ」

「はっ、承知いたしました」


 そう言いながらも何かを期待するような目で、ひざまずいてファニスをジッと見つめて動かない。


「………………良いからはよ行け」


 そう言ってキアラさんの顔面を踏み抜くファニス。


「ありがとうございます!」


 顔面にファニスの足跡を付けて、鼻血を垂らしながら満面の笑みで走り去っていくキアラさん。


「はぁ……」


 ため息を吐いて眉間をほぐすファニス。


「SとMで良いコンビじゃないの?」

「私は別にサドって訳じゃないわよ」

「またまたぁ」


「いや、ホントよ?」


 暴力は手段であって趣味じゃないとか言うファニス。

 いやまあ、話が逸れるから戻すと、ほんとにどうするんだ亜竜。

 スリフィの前世の世界線では最終的に斃された訳だし、なにか討伐の手段などはないのか?


「信じてないでしょ? いいけどさ……スリフィは亜竜をなんとかする方法を知っているの?」

「ん~……ない事も…………とは言え『今の』亜竜であれば、帝国軍でもなんとかできるんじゃね?」

「竜種はブレスやら咆哮やら、やたらと範囲攻撃が豊富なのよねえ、固まって突っ込むと被害が尋常にならないのよ」


 とはいえ、やる以上は総力をもって立ち向かわなければ、万が一、討ち損じた場合のリスクが大きい。

 それこそ、邪神の元に逃げ込んでパワーアップなどされれば、世界の半分を滅ぼすという亜竜災害へまっしぐらだ。


「ブレスも咆哮も魔法の力。当然、人に化けるのも、空を飛ぶのも、あの巨体を素早く動かすのも、全て魔法の力」

「ふむ?」

「だったらさ、魔法さえ封じてしまえば、ってことサ」


「封じると言ってもねえ……」


 ファニスだって知っているはずだよ、ほら、先生とフォンランの結婚式の場で、隷属の首輪を外したじゃん。などとスリフィは言う。


 アレは、特定の魔道具の特定の魔法を解除する方法。

 で、あれば、その特定の部分を取っ払えばどうなるか。

 意外と簡単に答えはでるんじゃないかなぁ、とも。


「ふ~ん…………あんたさあ、もしかして、その魔法を封じる技術を既に編み出しているって事はないわよね?」

「ギクッ!!」


 スリフィの奴は、あさっての方向を見ながら吹けもしない口笛を吹こうとしている。

 そのスリフィのスカートをおもむろに捲るファニス。


「ちょっ、なにすんの!?」

「あんた……!?」


 そう、そこにはあるはずの、例の貞操帯がなかった。

 なるほど、魔法を無効にするって事は、魔道具だって無効になるって事だ。

 というかパンツぐらい履けよ。


「ない方がチャンスがあったらすぐにいけるじゃないさ」

「なんのチャンスだよ? どこにいくんだよ?」

「はぁ……あんたさぁ、いやまあ…………リューリンにはバレないようにしなさいよ」


「さっすがファニス、話が分かる~! いや~、一時は焦ったけど、首輪を解除した時のファニスの呪文を思い出しだんだよね」


 そっから前世の記憶を手繰り、魔道具を強制解除する方法を思い出したそうだ。

 もちろん、その再現はそう簡単にはいかないだろうが、エロい事に関しては謎の才能を発揮するスリフィさん。

 ついこないだその方法を編み出し、オレの布団に潜り込む機会を窺っていたようだ。


「とはいえ、向こうの魔法が封じられるって事は、こっちの魔法も封じられるという事よね?」

「そう、そこで、剣の聖地に住む皆さんの出番な訳ですよ!」

「「剣の聖地…………?」」

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