第二部開幕
第57話
「喜びなさいスリフィ、この私(皇帝)、直筆の任命状よ。ありがたく拝受いたしなさい」
「なんの?」
ここ最近、忙しそうに各地を飛び回っていたファニスが村に戻って来たかと思うと、おもむろに一通の便箋を取り出す。
そこには、スリフィのお母上であるリミト・テンスールに公爵位を授けると書かれている。
「ヴァルキシア帝国サイドの現存する唯一の公爵家よ、どう、嬉しいでしょ?」
「なんで……?」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で、そう問いかけるスリフィ。
というか、スリフィはともかく、お母さんはそれこそ意味が分からないだろうな。
ファニスは自分で元皇女だなどと言っていたが、それを本気で信じていた訳でもないだろうし。
突然こんなものを貰っても子供のいたずらかな? ぐらいにしか、とられないのではなかろうか。
「そりゃま、命の恩人な訳よ。ここで報わなきゃ、帝国皇帝はドケチの恩知らずって言われるわね」
今回の騒動で誰もファニスを助けようとしなかったのは、助けるメリットがなかったからだ。
従来のファニスの評判では、暴力的で他の者の意見を聞かない。
仮に助けたとしても恩に報うような事はないだろうと。
むしろわがまま放題で、何を言われるか分からないまである。
「そういう風聞を一蹴したい訳ヨ」
しっかりと前例を作って、新皇帝は決して恩知らずではない、行動に対する報いはあると。
そう知らしめておけば、前回の様な誰からも見向きされない、などと言う事にはならないはず。
むしろここで何もしなければ、ますます人心は離れて行く。
なので、それなりの報酬を用意したとファニスは言う。
「だからと言って、公爵はないんじゃな~い? 確か皇帝に次ぐ爵位だよね」
確かに。
なにせ今は、ただの平民の村長さんだ。
いきなり貴族、それも、ほぼ頂点に立つ公爵位を貰ってもどうして良いか分からないだろうて。
精々、下の方の男爵か良くて子爵ぐらいじゃないか。
「それにさ、命の恩人といっても、ほぼ何にもしていないよ~、ボクも含めて」
ファニスを助けようと決めたのは先生だし、怪我を治したはヴィン王国の第四王女、アールエル・ヴィン。
自分の母親は寝床を貸したぐらい。
とスリフィは言う。
「あ、それら一切合切は、全部、あんたの手柄になっているから」
「なんでさ!?」
第四王女の事は大っぴらに公開できない。
シフの事は、いつの間にか前皇帝の側夫って事になっているから、自分の義父になる訳だ。
自分の義父に対して報いるって言うのも変な話。
それは妹であるリューリンにだって当てはまる。
「となるとさ、スリフィ~、あんただけが手柄の丸儲けな訳よ~」
しかしながらスリフィ―は未だ未成年。
なので、いずれその爵位を継ぐ事を条件に親御さんへ公爵位を授ける事になったそう。
「…………ねえファニス、それって拒否はできないの?」
「させると思う~?」
良い笑顔で答えるファニス。
「本音は?」
「あんただけシフと平穏に暮らしていくのは許せない、巻き込んでやる」
「ひでえな、おい」
これでスリフィは晴れて公爵令嬢な訳だ。
……これほど公爵令嬢の文字が似合わない奴も珍しいな。
見た目だけなら天使と見紛うほどの美少女なんだが。
アルビノと呼ばれる、髪も肌も抜けるような白さで、瞳の色素も薄い。
だが一言、口を開けばエロの事ばかり。
これほどの残念天使はいまい。
しかしファニスは、スリフィの事を本当はどう思っているのだろうな。
ファニスだって馬鹿じゃない。
一緒になって高度な魔法を開発したんだ、スリフィの知識が異常な事は気づいているはず。
まさか千年先の知識があるとは思っていないだろうが、それに近い何かを感じ取っているのではないか。
だからこそ、公爵などという爵位を授けて、手元に置いておこうとしているのかもしれない。
なお、新生ヴィン・ヴァルキシア帝国は二頭体制でいく事に決めたそうだ。
皇帝と国王が同時に存在する国。
大っぴらにそれぞれが派閥を持ち、政策も別々で行う。
一つの国に二つの政策が混在する形になる。
各地の領主はそのどちらかを選択が可能となっている。
まあ、違うと言ってもそれほど大きくは変わらない。
オレの前世でも、アメリカと言う国は民主党・共和党と言う二大政党で、衆によって支持基盤も違う。
スリフィの居た千年後の世界でも同じような国はあったそうだ。
ファニスはそれと近い体制にしたようだ。
どうせ、ほっといても派閥はできるのだから、公式の派閥を作ってコントロールしてやろうと。
また、そうする事により幼い自分が皇帝になる不安も取り除ける。
子供が一人で国のトップに立つよりは、同等の権力がある大人が一緒に居る訳だからな。
さらにこの、自分たちで選択できると言うメリットは、国を広げるためにも有効であった。
帝国から独立したものの、経済的に立ち行かなくなり、再度の吸収を望む領地もある。
さらに帝国は、エルフ達から奪った秘匿魔法を用いて、様々な開発を行っている。
公開した大規模転移魔法による大岩落とし、その魔法だって、普通に使えば、どこでもド〇だ。
帝国は公開する際に、はるか上空――――――空の上にしか出現ができない様にしている。
さらに加工して利用する事自体を禁止しているので、他国はその技術をおいそれと流用ができない。
下手に分析すれば、帝国から侵攻される理由にも繋がってしまう。
そうなってくると必然、帝国の魔法技術は頭一つ抜けた状況になる。
そこで帝国は、我らの仲間となるのなら同様の技術を教授しようと持ち掛ける。
経済力を使う、武力を用いない侵攻だな。
その際に、政策を選択できると言うのは大きなアドバンテージとなる。
これしかない、と言われれば人は反発するが、どちらかを選べる、となると、とたんハードルは低くなる。
帝国に反発していた国は王国の政策を。
帝国と同じレベルの発展を望む国は帝国の政策を。
まだ、始まったばかりではあるが、うまく機能し始めている。
しかし、派閥を変えられるとは言っても、誰でもとはいかない。
たとえば皇帝自身が王国サイドへの派閥に変わるなどもってのほかだろう。
それと同様に上位貴族、公・侯・伯の位を持つ貴族は原則、派閥を変える事が許されていない。
影響が大きすぎるからね。
という事でスリフィは、ファニス・ヴァルキシア皇帝の派閥から足抜け出来なくなった訳だ。
「そもそも、ボク達が貴族なんて無理な話だよ~、マナーとか言われても、どうすんのさ」
「あ、その辺りはブフスの奴に教育を施すよう命令しといたから」
オレとスリフィを攫った例のマダム、ボードペ・ブフスにスリフィと親御さんへ貴族教育をするようにと言ったそう。
それで攫った事はチャラにするんだと。
「うまくいかなかったら物理的に首にするって言っているから、死にもの狂いで教えてくれるわよぉ」
「なんてことを……」
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