第55話

「まさか…………ファニス……!?」

「分かるの? これは愛の力ね」


 いや、愛と言うより、こんな事をしでかそうという奴はファニスぐらいしか思いつかない。


 スリフィとファニスが共同で開発した魔法は、姿隠しの魔法だけではない。

 変装魔法を使い、自分が行った悪事をまったくの他人、そう実在しない人物になすりつける事も多々あった。

 犯人が別にいるのなら、自分は疑われないだろう理論だ。


 まあ、速攻でバレたんだがな。


 リューリンちゃんの勘は、ファニスの事になると冴えわたる。

 目も髪も色が違い、さらには背丈や体つきまで違う。

 よくもまあ、そこまで変装できる魔法を開発できたものだ。


 これもまた、エロが原動力であったというから、なんとも言えない。


 この二人はエロのためなら心身を削ってでも行動を起こす。

 千年後の技術なんだ、もっと他にいろいろあるだろうに。

 なお、オレ達のやりとりを聞いて、隣のフォンラン皇女は困惑の表情だ。


 早く逃げた方が良いと思いますよ。


「さっ、シフのタキシード姿も目に焼き付けたし――――――鉄拳制裁と行きましょうかね」


 そう言うと突然、花嫁に殴りかかる目の前の牧師。

 フォンラン皇女の顔面に一発かまして、よろけて倒れ込んだところをタコ殴り。

 相変わらずの凶暴皇女である。


「ヒッ、なにをし・・アブッ、アベッ、やめっ……!?」

「何を見ている衛兵! すぐにその牧師を捕らえろ」

「動くなっ!」


 グランドム侯爵が慌てて牧師を取り押さえる様に指示するなか、そう叫んでゆらっと立ち上がる牧師。

 その姿が一瞬にして変わる。


「なっ…………ファニス皇女……!?」


 グランドム侯爵のその声に、場が硬直する。


「久しぶりね、グランドム侯爵」

「グエッ……」


 這いずって逃げようとするフォンラン皇女を、ドンッと足で押さえつけてそう言うファニス。


「たっ、助け……ヒギィ」

「さんざんいたぶってあげたと言うのに、まぁだ、私のモノに手を出そうするわけぇ? 懲りないわね、あなたも」

「ヒィッ……!?」


「左目は失明したらしいわね、右目もいっとく?」


 拳を振り上げたファニスに対し、泣き叫びながら許しを請うフォンラン皇女。

 その間もファニスはグランドム侯爵から視線は外さない。

 まるで第三の目があるかのように、視線を向けずにフォンラン皇女をいたぶるファニス。


 それがさらにフォンラン皇女の恐怖を増幅されていそうだ。


 それこそ、お前の命など、どうでも良いと思われていそうで。

 ファニスは振り上げた拳をフォンラン皇女の顔面に振り下ろす。

 それはわずかに逸れ、地面を陥没させた。


 フォンラン皇女はお股から黄色い水たまりを作って気絶している。


「か、変わっていないわねファニス皇女、そうやって暴力をふるえば、誰もが従うと今でも思っているのか」

「別に従ってほしいだなんて思ってないわよ、コレはただの、八つ当たり」

「く、狂っておる、やはり、お前は皇帝に相応しくない!」


「バカね、相応しいかどうかなんて関係ないのよ」


 私が帝国皇帝よ、文句がある奴は、全員皆殺しにすれば良いだけ。と言って嗤う。


「さて、手紙は読んだわよねグランドム侯爵、返事を聞かせてもらおうかしら」


 まだ、コレを旗印にしたいわけぇ? と言いながらフォンラン皇女をグランドム侯爵の方へ蹴りとばす。


「お前たち、何をしている、相手は一人だぞ、早く取り押さえないか!」

「あなた達は騎士よね。聞かせてもらうわ、あなた達は帝国に仕える騎士、それともグランドム侯爵に仕える騎士?」

「そ、そいつは皇帝などではない、皇帝はこの……」


 そこでフォンラン皇女の惨状をみて、言葉が詰まる。

 皇帝がこんな惨状では、どのみち帝国の威信が失われる。

 そしてこの惨状を防げなかったグランドム侯爵の責任は大きい。


 さらに、今は誰が見ても、どっちが皇帝に相応しいかなど、言わずがモノか。


 グランドム侯爵が言う様にファニスが皇帝に相応しくないと言うのであれば、フォンラン皇女は相応しいのか、という話にもなる。

 まあ、二の句が継げないと言うのは、こういう状況でしょうかね。

 ファニスはもう一度、グランドム侯爵に問いかける。


「二度目はないわ、どうするのグランドム。ああ、そうだわ、いろいろと返してもらわなくちゃならないわね。私が帝国皇帝の正当な後継者よ、これを見なさい」


 そう言うと、ファニスの目の前になにやら紋章の様な物が浮かびかがる。


 あれが、王印魔法か。

 王印魔法は、一子相伝の魔法で、使える人物は限られる。

 なおかつ、特殊な加工がされているようで、実際に発動できるのは各国一人ずつ、そう、王様のみが使える魔法だそうだ。


 そう、今、ヴァルキシア帝国の王印魔法が使えるのはファニスただ一人。


 そしてこの王印魔法が使える事こそが帝国皇帝である証明になる。

 それを見てフォンさんとラクサスさんがゆっくりと歩いて行き、ファニスの両脇を固める。

 まるで水〇黄門のスケさんとカクさんだな。


 これが目に入らぬか、とか、やってくれないかな?


 一人、また一人、と騎士たちが跪いていく。

 グランドム侯爵も人望がないですねえ。

 最後にがっくりを項垂れて、膝をつくグランドム侯爵。


 であえ、であえ、とはされないんですね。


「………………ファニス皇女、これまでの無礼をお許しください」


 唇をかみしめながら悔しそうに言葉を吐き出す。


「良いわ、許す」


 えっ、と驚いた表情でファニス皇女を見るグランドム侯爵。

 まあ、これまでのファニスなら、許す、なんて言葉が出るとは思うまい。

 爵位返上の上、領地没収まで言われかねない。


「あなたが言った事でしょう? 暴力だけでは誰も付いて来ないと。手紙に書いたこと以上は求めるつもりはないわ」


 むしろあなたには宰相として、国の重要な運営に関わってもらおうと思っているのよ。と告げる。


「グランドム侯爵、私は母上とは違うわ。能力がある限り使い続ける、能力を示し続けるかぎり、多少の無礼は見逃してあげる」

「…………あなたは本当にファニス皇女なのか? それに、あれほどの怪我を負っていたはずなのに……もしや、アレは油断させるための偽装だったのか……?」


 疑う気持ちは良く分かる。

 だが、これは逆の面から見ると話が変わる。

 自分がなるべく仕事をせずに済むには、能力が高い人間に居てもらわないと困る。


 特に今のファニスは権力に執着していない。


 他の人に任せられる仕事なら、できうる限りお任せしたいのが本音の様な気がする。

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