第51話
「ちょっとぉ~、どういう事ヨぉ、私の館を取り囲むなんて」
「ようやく出て来たか、ボードペ・ブフス」
「なによぉ、一体、私になんの用事なのぉ」
「ここではなんだ、まずは客人をもてなしてもらおうか」
なにが客人よぉ、と、ぶつくさ言いながらもグランドム侯爵を部屋に招く。
グランドム侯爵は部屋に入って腰を下ろすなり、口を開く。
シフ・ソウランを自分に引き渡せと。
そうすれば、その身を守ってやろうと。
「いやよぉ、そんな事を言って、引き渡した途端、見捨てるのが目に見えてるわよ」
どうせ、体制だけ取り繕って、頑張りましたけどダメでした、と言われるのは分かっている。
帝国の貴族は誰も彼も信用がおけない。
み~んなして、私の事を無能だと嘲笑っているのを知っているのだからぁ、と仰る。
「それでも、悪い取引だとは思わないのだがな」
そう言って、便箋を一つだけ取り出すグランドム侯爵。
「これはな~に?」
「新生ヴィン・ヴァルキシア帝国皇帝、ファニス・ヴァルキシアからの親書だ」
「ファニス皇女……? 死んだんじゃないの? 他ならぬあなたが最後を看取ったって言ってたじゃな~い?」
ファニス皇女は半身を焼かれ、手の施しようのない状況であったと。
さらに、彼女を追って来たエルフと交戦になり、エルフの魔法で崩御なされたと。
グランドム侯爵は他の貴族にそう説明していたらしい。
チラッとオレの方へ視線を動かすグランドム侯爵。
「同じ場所にシフ・ソウランが居たわ、その彼が生きているという事は、ファニス皇女が生きていても不思議ではない」
便箋の裏面を見せる。
「皇家のみが使える王印、それが押されている。今となればこの魔法が使えるのはファニス皇女のみ」
「ふ~ん、それであなたはどうしようと言うのよ? 今更、ファニス皇女に頭をさげるのぉ?」
「まさか、たとえ本物であろうとも、国が荒れている時に顔を出さず、今更、のこのこと現れてこんなものを認める訳にはいかん!」
ドンと机を叩く。
ちょっと止めてよねえ、その机も高かったんだから、と抗議の声を上げるマダム。
その信書に書かれていた内容。
それは、帝国の地・人・物は全て自分のモノであるから、勝手に争わず私の言う事を聞きなさい、みたいな事が書かれているらしい。
ファニスらしいが、それはちと無理な相談では?
本物の帝国皇女だと知らしめられるならともかく、現状では、たとえ王印があろうとも、本物だと認めてくれる貴族は少ない。
特に、その筆頭がこの目の前にいるグランドム侯爵であろう。
一番、帝国皇帝の椅子に近い人物なのだ、そうそう引き渡せはしまい。
しかし、本当にファニスを旗印に新帝国を建国したか……
勝算はあるのだろうか?
まあ、グランドム侯爵は随分と警戒なされているようではあるが。
アール様は――――――ヴィン王国は納得したのだろうか。
な~んか、オレが攫われたからって、慌てて動いているのでなければ良いんだけど。
ファニスの奴も、名前だけ貸すみたいに言っていたが、がっつり係わっている気がする。
むしろファニスが矢面にでるから、納得したという面もあるかもな。
なんかあってもファニスのせいに出来るし。
「それと私になんの関係があるのぉ? 私は勝ったほうに従うわよ」
「文面の中に、全ての帝国貴族にこの親書を送る、と記載がある。それはすなわち……」
この親書が届いていない貴族は、帝国貴族と認めないという意味でもある。
「え……? ねえ、スリフィ~、私のとこに来ているぅ?」
「来てないですね」
「という事は……?」
「ボードペ・ブフス、あなたはファニス皇女から帝国貴族と認められていない」
事実、信書の送られていない貴族の領地が攻め込まれ、僅か数日で落ちたと言う。
「え……、嘘よね? うそって言ってよ……!?」
その時、玄関の呼び鈴がなる。
暫くしてメイドの一人が便箋を持ってやってきた。
それには帝国皇帝の王印が押されていた。
「ああ、なあに、びっくりしたわねえ、ちょっと遅れてただけじゃな~い」
そう言ってホッとした表情で便箋を開く。
そこには――――――血文字で『殺ス!』とだけ記載されていた。
ヒェッと言って飛びのくマダム。
ああ、これはだいぶ怒っているなファニス。
あと、あの血文字、まさかエルフのキアラさんの血じゃないよね?
嬉々としてファニスに血を提供しようとするキアラさんが思い浮かぶ。
セイちゃんからの「責任とって」と言う幻聴が聞こえた気がする。
「あなたに勝ったほうに付くと言う選択肢はないわ」
なにがなんでも敵対せざるを得ない私に付くしか、あなたには未来がないのよ。と続ける。
「それとも私以外の帝国貴族に尻尾を振る? 他の帝国貴族ならいつファニス皇女に寝返ってあなたを売り渡すか分からないわよ」
「そ、それならなおの事、シフ・ソウランは渡せないわ。私の完全な命綱だもの」
「ふむ……ならば、どうするつもりだ?」
シフ・ソウランを道具として受け渡すのは構わない。
しかし、管理は自分が行う、と言う。
要は、首輪の権限は引き続き自分が持っていて、自分に何かあれば、シフ・ソウランも唯では済まないぞ、と言いたいのだろう。
「そもそも、グランドム侯爵の方こそ、シフ・ソウランを手にして、どうするつもりなのぉ?」
「私の推している皇女――――――前皇帝の長女であるフォンラン・ヴァルキシアの夫にする」
「え……彼女はあなたの息子の……」
「婚約は破棄する」
酷い親も居たものだ。
あれだけ人の恋路を邪魔したと言ってファニスを責めておいて、同じ事をするか。
そもそも、愛し合っている二人を知りながら、自分の出世のために息子を差し出したのもこの人じゃね?
ファニスは責められ損だな。
少なくともこのお方に、ファニスを責める権利はなさそうだ。
しかしなぜ、今更オレとその、フォンラン皇女とやらを夫婦にしたい訳だ?
そう聞くと、
「フォンランは前皇帝の長子であるというアドバンテージがある。とはいえ、それしかないというもの事実だ」
と答えるのだった。
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