第44話
「ちょっと何よぉ~、こんな夜中に。…………えっ、何この惨状?」
寝ぼけまなこをこすりながらアール様が屋敷から出て来た。
そして目の前に広がる惨状に目を丸くする。
血の海に沈むエルフたちを。
エルフたちは排他的な種族だ。
他の種族と接触する事がほとんどない。
さらに彼女たちはアマゾネスと言っていいほど、男性に免疫がない。
大事に育てていたと言う男性とも、ほとんど接触はなかったのだろう。
そんな彼女たちの前に、全裸の男性が現れればどうなるか。
ええ、古い言い方をすれば鼻血ブーなんですよ。
そして彼女らは絶賛、自己治癒力が阻害されている状態。
鼻血ですら命の危険がある訳なんです。
止まらない鼻血の海に沈むエルフたち。
とりあず狂信者どもに連絡を取ってココまで連れて来てもらった。
さすがに死因が鼻血ではエルフたちも浮かばれまい。
治るかどうかはともかく、アール様に癒してもらう事にした。
「さすがは先生、一人でエルフを一網打尽だよ」
「それもこれも、シフを裸で連れ出した、私の戦略の勝利よね!」
「今、シフ様をどうされたと言いました?」
「「ヒェッ!?」」
スリフィとファニスは、騒ぎに気付いて起きて来たリューリンちゃんに説教を食らっている。
「なんか、全然、回復魔法が効かないんだけどぉ?」
「どんな感じなんですか?」
「こう、なんて言うか、魔法が拡散されて体の中まで届いていない感じ?」
「そ、それはこの体に刻まれた呪文のせいです」
苦しそうな声でそう答えるエルフの女性。
よく見ると、全身にびっしりとお経のようなものが描かれている。
これがキアラさんが言っていた回復魔法どころか自己治癒力まで阻害する呪いなのか。
「これのせいで、エルフの誇りである長い耳も取り戻せない」
「少しの怪我や病気で命を失う」
「コレは天罰なのだ。ファニス皇女の言ったとおり、私たちがあの子を死に追いやってしまっていたのだ」
心が弱くなっているのか泣き言ばかりを並べるエルフたち。
「そうね、あなた達は天罰を受けたのかもしれないわね」
でも、罰をうけたのなら、もう許されても良いのじゃないからしら、と続ける、アールエル王女。
そうはならんやろ?
彼女らは何千、何万と言う人の命を奪った。
それどころかエルフが迫害される原因まで作った。
鼻血ぐらいで許されたら、誰も納得しないだろう。
まあ、その鼻血で生死の境を彷徨っているわけだが。
死因が鼻血。
しかも異性の裸を見て興奮したことによる。
プライドが高いエルフにとって、これ以上の罰はないのではなかろうか?
「ファニス皇女、少しでも慈悲の心がありましたら…………どうか、私たちに誇りある死を賜りたい」
「ほ、ほらリューリン、私、なんか呼ばれてるようだからさ」
「シフ様を裸にして連れ回すなど言語道断です! エルフなんてほっときなさい!」
「あ、もしかしてリューリンだけ仲間はずれにされたから、そんなに怒っている?」
あっ、バカ、スリフィとファニスが言った瞬間、リューリンちゃんがカッ! と光る。
二人に向かって今までない巨大な雷が落ちる。
プスプスと焼けこげた二人の足を掴んで引きずりながらどこかへ持って行こうとされる。
ちょっとリューリンちゃん、介錯が必要なのはこっちのエルフであって、その二人じゃないんだが。
「ファニスはそれどころじゃないようです」
オレがそう言うとさめざめと涙を流すエルフたち。
「ああ、もう辛気臭いわね、私があなた達を許します。私一人だけなら、構わないでしょ?」
ほんと砂糖よりも甘いですね、アール様は。
まっ、そんな彼女の事は嫌いじゃない。
聖女であるアール様が許すと言うのなら、許されても良い気がしてきた。
「その入れ墨みたいなのが魔法を弾いているのですよね?」
「ああ、内側から魔力を吸い上げ、その魔力を使って回復魔法を弾く」
「内側の魔力が完全に無くなれば……」
「我らはモンスターだ、魔力がなくなる時は死ぬときだ」
だとしたら、後は……弾かれてる事を前提に、こうギュッと包み込むように掛けたらどうかな?
オレの提案を受けて、アール様は鼻血だけを止めようとするのを止めた。
その代わり、全身を包み込むように回復魔法を掛ける。
特定部分で拡散されるのなら、拡散されても良い様に全身を癒せば良い。
するとだ、止まらないと思った流れ出る血が少しずつ減って行く。
まさしく力業。
魔力が豊富なアール様にしかできない芸当だろう。
鼻血が止まった人から順番に入れ替えて行く。
「ばっ、ばかなァツ! き、奇跡だ……!?」
「お、おい、耳が――――――耳まで治っているぞ!?」
「この呪いは、絶対に解けないと言われていたのに……」
アール様はエルフたちを癒した。
全身に回復魔法をかけたせいで、耳まで元通り。
だが、一つだけ副作用があった。
「ごめんなさいね、なんか、その、黒くなっちゃって……」
そう、全身に刻まれていた呪いの呪文が溶けて肌を黒く染め上げてしまっていたのだ。
あっ、コレ、ダークエルフだ。
「もっと時間を掛ければ、その黒ずみもとれるとは思うんだけど……」
「いいえ、それには及びませぬ、この黒い肌は我々の新たな誇りでございます」
「まさか今一度、こうしてエルフとしての誇りを取り戻す事ができるなど思いもしなかった」
命を救って頂いたどころか、誇りまで取り戻せた。
このような恩を受けた以上、この命を持ってあなたに忠誠を誓おう。
我らの力が必要な時はいつでも言ってほしい。
何をおいてでも駆け付けよう。
などと仰る。
狂信者が増えちゃった。
アール様にろくでもない事を耳打ちしていた人――――――ベナリル将軍もしたり顔で頷いている。
結局、この人の言う通りになってしまったな。
実はアール様は人望があったりするのだろうか?
「ねえ、ちょっと目を離した隙に何が起きてるのコレ?」
エルフのキアラさんが、コウとセイを連れてやって来た。
「二人がシフを見失ったと言うから、そこら中を駆け回っていたんだけど……」
「いろいろと、意味が分からない」
「責任とって」
オレは3人に事情を説明する。
「それでどうなるのかな、彼女たちは?」
オレはキアラさんにそう問いかける。
エルフの罰則、アール様が力ずくで癒しちゃったけど。
「どうもこうも……どうせ、聖地の連中は扉を閉ざしたのだから、こっちの事には干渉しないでしょ」
そんな事よりも、私はこの地が恐ろしくなってきたわ、とつぶやく。
アレはエルフの秘術よ?
施した術者ですら解除不能な、絶対に解けないと言われた呪い。
それをこうも短時間で破ってしまうなんて……
どんな怪我でも呪いでも、癒してしまう聖女が居る。
その聖女に癒された勇敢な戦士たちが大勢居る。
ざまざまな国のスパイだった者達までも居る。
さらには大規模転移魔法のメテオに、カウンターを打てるぐらいの戦力を持つ、エルフの魔法軍団ができた。
唯一無二の帝国の正当後継者だって居て、その妹や前皇帝の側夫も居る。
「オレは別に側夫じゃないんだけど」
「人は真実よりも事実を重視しますからね」
「あとは亜竜でも味方につければ、世界を取れるかもしれない」
シフ・ソウラン伝説の再現じゃないか。
たしか帝国の後は歴史上で最も広大な版図を持つ国家が生まれたんだったか。
それが出来る土台がちゃくちゃくと作られている気がする。
歴史を無理に変えようとせずに、うまく乗るのもありかしれない。
「ただなあ……そのあとに破滅が待っているんだよな」
まだ、かじろうて王国も帝国も滅んでいない。
ギリギリのバランスで保っている。
ただまあ、そろそろヴィン王国が滅びそうな気配がするんだよなあ。
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