第43話
エルフたちのすすり泣きが辺りにこだまする。
ここに居る者はみな同じ部族、同じ場所で暮らしていた者たち。
誰もがファニスの事を憎んで涙を流している。
ファニスが殺した男性、それはもしかして……
「リューリンの父親の事ね」
ファニスが小さくつぶやく。
「その通りだ! もはや、我らが帝国に尽くす意味は失われた!!」
「帝都を滅ぼしたのはお前だファニス! お前があの子を殺さなければ、我らとて牙は向かなかった!」
「ああ……この親子さえ、この親子さえ居なければ……」
すすり泣きと罵声がファニスを責める。
(エルフが帝都を襲った理由は、先生とはまったく関係なかった訳だね)
スリフィが、ここはファニスに任せてボクたちは退散する? と聞いて来る。
(関係ない――――で済ませられるほど、ファニスとは浅い仲じゃない)
(フフッ、先生ならそう言うと思ったよ、そうなるとボクも尻尾を巻いて逃げ出す訳にはいかないよね~)
しかし、なんだ。
森で拾った赤子を育てて、自分たちの夫にするって、いろいろと突っ込みどころが満載なんだが。
業が深いなエルフ……
エルフたちはファニスの事を責めているが、彼らは奪い返そうと、本当に努力をしたのだろうか?
可愛いだけじゃ子は育たない。
甘やかすだけじゃ成長しない。
体は育っても心は置いてけぼりになる。
そんな人たちを前世では何人も見て来た。
リューリンの父親に選択権がなかった、というのならまだしも、今の話では、皇帝の方がまだ人として接していたように思える。
エルフがやっていたことは、子育てじゃない。
ただ、ペットを飼っていたにすぎない。
愛情はあっただろう。
大切に育ててもいたのだろう。
しかし、子育ては飼育じゃない、知育じゃなければならないのだ。
まあしかし、エルフだけとは限らない。
この貞操観念が逆転した世界。
男性に対する仕打ちはどこも似たり寄ったり。
ペット枠の男性に人権なぞ、存在しないのだ。
ファニスはジッとエルフたちの罵声に耐えている。
パンツいっちょで腕を組んで、堂々として。
やがて、エルフの罵声もなりをひそめていく。
沈黙が暫く流れたあと、ファニスが口を開く。
「もう終わりかしら?」
「なん……だと……?」
「もう終わりかと、聞いたのよ」
そんなファニスの態度に、またしても罵声が飛び交うが、それもまたいずれ収まる。
「なんの反省もしておらぬと言うのか? 泣いて許しを請えば、見逃してやったものを」
「随分と上から目線ね、私は許してほしいだなんてこれっぽっちも思っちゃいないわよ」
「やはりあの女の娘だけはある、やはり生かして置けぬ」
「随分な言われようねえ、まあ、結果的にあの男は死んだわけだから、そこは言い訳するつもりはないわ」
ただ、言わせてもらうと、あの男は死んで当然の様な奴だったわよ。とさらにエルフに火を注ぐような事を言う。
「なっ……に!?」
「あなた達は奪われた、などと言っているけど、あの男は望んであそこにやって来たのよ。それは理解しているでしょ」
「それこそあの皇帝の甘言に乗せられて……」
「あの男はねえ、後宮でも有頂天だったわよ」
自分は特別なのだ。
周りからチヤホヤされるのが当然なのだ。
エルフの寵愛を受け、皇帝の寵愛を受け、すっかり、自惚れていた。
後宮の予算を自分だけで使い込もうとしたり、皇帝にねだって自分だけ特別扱いをしてもらった。
後宮とは思えないほどの豪華な建物に、美しい庭。
正夫である私の父親ですら、嫉妬するほどだ。
当然、正夫はいわず、他の側夫とも仲良くしようとしない。
どころか見下すような発言すらあった。
「たかが平民出の側夫が、高貴な正夫の事をけなすような事を言っておいて、どうして長生きできると思ったのかしらね」
極めつきは、我が子、リューリンを皇帝の後継者にすると発言した事だ。
さすがにそれは見過ごせない。
素性の知れない子を皇帝に推す。
それはすなわち、国の転覆を図っているいるとみなされても仕方がない。
「あなた達は私のせいで帝都の人々が亡くなったと言ったわね。じゃあ何、あなた達があんな育て方をしたから、あの男は命を失ったのも同じよ」
エルフにだって、言っちゃいけないこと、やっちゃいけないことがあるでしょ?
それをあなたたちはあの男にきちんと教えた?
最低でも人の嫌がる事は止めなさい、ぐらいは言った事がある?
「分からなかったのよ、あの男は、やっても良い事と悪い事の区別が」
誰も教えてくれなかったから、じゃないの。
と言って周りのエルフを見渡す。
まっ、私も人の事は言えないんだけどね、と自嘲的につぶやく。
「体が成長しても心が子供のまま、まあ、そういう所が母上の琴線に触れたのでしょうけどね」
「あの子が死んだのは我々の育て方が悪かったとでも言いたいのか?」
「まったく責任が無いとは言わせないわよ」
その後は互いに沈黙が続く。
一触即発の雰囲気が辺りに漂う。
そのうちエルフがぽつりとつぶやく。
「シフ・ソウラン、彼を奪われても同じことが言え・・グェッ」
電光石火の勢いで、そうつぶやいたエルフの首根っこを掴んで地面に押し付けるファニス。
「シフに手を出そうと言うのなら殺すわ。相手がエルフだろうと皇帝だろうと関係ない、世界樹だって燃やし尽くしてやるわ」
「手、手を放せ、さもなくば……」
「相変わらずクソ甘ね、その気があるなら、コイツごと私を攻撃すれば良いじゃない」
あんた達とは覚悟が違うのよ、と言って手に力を込め、その首をへし折ろうとするファニス。
「ファニス、そこまでだ。それ以上はダメだ」
「シフ……何やっているのよスリフィ、どうしてさっさと連れて逃げていないのよ」
「ボクは先生の嫌がる事はしない主義なんでね」
急に現れたオレとスリフィを見て、エルフたちがざわつく。
「なっ、なっ、なっ、おっ、おとこぉおお!?」
「しっ、しかも、はっ、はだかああ!」
「ブホッ、おっ、男の裸、クッ、鼻血がっ!」
あっ、どうやらエルフが見ているのは俺だけのようでした。
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