第42話

「ふ~ん……さすがエルフね、私の魔法が見破られるなんて」

「いえいえ、さすがは帝国皇女であらせられる、その姿消しの魔法は我らでも見破れませんでしたよ」

「なら、どうして分かったのかしらね」


「それは・・なっ、何故、裸……!?」


 姿消しの魔法を解いたファニスの姿を見てエルフたちが驚く。

 まあ、ほぼ素っ裸だしね。

 敵の本拠地に潜り込む様な姿じゃないのは確か。


 驚きながらもエルフは答える、どうやらファニスにはビーコン――――――いわゆる発信機のような魔法が取り付けられていたのだと。


 なので、どこに居てもファニスの居る場所は分かるのだそうだ。

 アレだな、スリフィが自分の村にビーコンを設置したのと同じように、個人にも設置が可能なんだろう。

 もとはといえば、エルフの魔法を元に開発されたと言っていたしな。


「あなたなら、我々を憎んでいるあなたなら、必ずここに来ると踏んでいました」

「そう?」

「なぜ我々が帝都を襲ったのか、その理由だって知りたいでしょう」


「別に」


 本当にどうでも良さそうな表情でそう答える。


「ならばなぜ、ここに来たのだ?」

「そんなの決まっているじゃない、私のシフを攫おうとしたのよ? 万死に値するどころか、何度殺しても飽き足らないわね」

「そうだ! その表情を我々は見たかったのだ!」


 そう言うとエルフの女性は語りだす。


 エルフは確かに、モンスターの定義に当てはまる存在である。

 しかし、唯一つ、他のモンスターと違う点が存在する。

 それは、エルフ同士で繁殖し、子を成す事ができるというもの。


 普通のモンスターは子を産まない。


 だがエルフは違う、エルフの男性と契り、子を産む事ができるのだ。

 他のモンスターには性別と言う物が存在しない。

 いや、あえて言うのならば、他のモンスターはすべからく女性であると言える。


 よって、契るべき男性型のモンスターが居ないので子を産めないのである。


「エルフの男性は、物凄く数が少なく、珍しいと聞いたわね」


 だから我が母、帝国皇帝もエルフの男性は後宮に呼べなかったと。


「自然には生まれて来ぬからな、エルフの男性は」


 どういうことか?

 エルフの話では子が産まれても全て女性であると言う。

 ならば、男性のエルフはどうやって生まれているのか?


「かつて我らエルフは人から変化した。世界樹の力によって人からエルフになった者もいる」


 世界樹はその昔、ただの一本の木であった。

 そして生命である以上、当然、寿命もある。

 全盛期は巨大な大木であり、近くに住む人間達からは御神木として祀られていた。


 しかし、寿命を迎え、枯れ木となり人々から見向きもされなくなる。


 そんな中でも唯一人、その老木を大切に扱い、ずっと、そうずっと、折れないように、傷つかないように守っている女性が居た。

 彼女は自然を愛し、森を慈しみ、枯れ果てた老木であろうとも、神聖なものとして祀っていた。

 供え物を置き、祈りを捧げる。


 森で最も古く巨大な老木へ。


「その女性がわれらエルフの始祖だと言われている」


 そのたった一人の女性もいずれ寿命を迎える。

 彼女は自分が居なくなったあとも誰かに託そうとはしたが、誰も耳をかさなかった。

 深い森の中、青々と茂る木々の中にポツンとある巨大な枯れ木。


 その死を連想させる不気味な姿に彼女以外は近寄ろうともしない。

 悲嘆にくれた彼女は、寿命が尽きる瞬間、老木の根元へ横たわる。

 最後に、自分の体を養分に与えようと思ったのだ。


 世界樹はその時、初めて自我を得たと言う。


 長い長い年月を枯れ木に愛情を注ぎ続けた人が亡くなっている。

 自らの根元で、寄りかかる様にして。

 いつからか世界樹はモンスターとなっていた。


 ただ、モンスターとなりながらも人を襲わなかったのは、その女性が居たからだ。

 その女性が、枯れ木にもかかわらず、丹精込めて面倒を見てくれていたからだ。

 彼女が居たからこそ、人に討伐もされず、切り倒される事もなかった。


 世界樹は願った、どうかこの者を生き返らせてほしいと。


 世界樹には魔力がたまっていた。

 かつて人に祀られていた時代、多くの人より魔力を捧げられていた。

 そんな豊富にたまっている魔力が、願いを叶えようとする。


 まるで朝露のごとく、枯れ木だったはずの世界樹から一滴の水が生まれ零れ落ちる。

 その生命の雫が彼女の開いた口の中に落ちる。


 ――――その瞬間、光が彼女を包み込む。


 彼女がゆっくりと目を覚ます。

 老婆だったはずの体は若く瑞々しく。

 決して美女とは呼べなかった顔も、美しく整っている。


 驚いている女性に世界樹は訴える。

 私は人と、いいや、あなたと永遠に生きていたいと。

 女性もまた答える、ええ、共に生きていきましょうと。


「死んだ人間を蘇らせてエルフにする、ね……」


 そしてその秘術は今なお生きている。

 世界樹を心の底から信奉し、世界樹に認められた者がエルフとなれる。

 それは男性とて同じこと。


 この世で唯一、魔力の持たない男性がモンスターになれる手段なのである。


(なるほどね~、先生の先生がエルフだったから、先生自身がそうなっていた可能性もあった訳だ)

(お前の歴史のシフ・ソウランは耳が長かったのか?)

(その様には伝わっていないけど……美男である、で集約されたからね~)


「だが、そのような男を手にできるのは聖地に居る老婆どもか、よっぽど運がよい部族のみ」


 だが、我らにもようやくその運が回って来た。

 森で捨てられていた子供を拾い、世界樹に忠誠を誓う様に、丁寧に丁寧に育てていた。

 母として、いずれ妻となるべくして、何不自由なくその子を育て上げていたのだ。


 それを……


「おまえの、お前の母、帝国の皇帝が奪って行ったのだ!!」


 ある日突然、森にやって来たかと思うと、その子を口説き始める。


 美味しいお菓子を与え、煌びやかな宝石で飾る。

 異国の珍しい唄を歌って聞かせ、しまいには閨に潜り込む始末。

 大切に育てていた我が子であり、我が夫であるあの子をそうやって連れ去ってしまったのだ!


「それからは地獄の日々だった……」


 皇帝に従わねば、あの子がどのような目にあわされるか分からない。

 少しでもあの子のためになるのだと思って、我らは帝国に協力した。

 ああ、皇帝は憎かった、だが、それ以上に、憎い相手が出来た。


「それがあの子を殺したお前、ファニス皇女、お前の事だ!」

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