第五章 狂信者の住む村

第33話

 風呂から出ると、またしてもパンツが無くなっていた。

 ほんと貴重品なんだからカンベンしてくれよ。

 まったく、こんどは『どっち』だ?


「私は無罪を主張します」


 スリフィがそんな事を言う。


「元とはいえ皇女よ、人のモノを盗んだりはしないわっ」


 ファニスがそう答える。


「ねえ、二人とも、これで何回目? あなた達には恥と言うモノがないの?」


 その二人が正座している前で、仁王立ちになって説教しているリューリンちゃん。


 ヴィン王国の第四王女、アール様と合流したあのあと、ファニスの体を癒すために、ヴィン王国が占拠していた町で療養する事、数週間。

 完全に傷が癒えた体を見てファニスがつぶやく。


「炭化していた体どころか、完全に失っていた左目まで復活するとはね……どうりで、こんなバカな事をしでかす訳だわ、ヴィン王国は」


 聖女が生まれていたからこそ、帝国に喧嘩を売るような無謀な賭けにでたのね、とは言うが、聖女はまったく関係ないですよ?


「えっ、なんで……?」

「戦場で一人一人、時間を掛けて癒していると進軍が遅れるとかどうとか」

「イヤイヤイヤ、そういう問題じゃないのよ?」


 戦争で役に立つかどうかは問題じゃない。


 聖女が居る。

 通常では癒せない怪我を癒せる。

 ついでに言えば、うそでも良いから死者すら復活できる、などと言って存在をアピールする。


 そんな存在が居る、というだけで相手は戦意を失う。


 どころか、場合によっては自分から軍門に下ることもあろう。

 そう、戦わずして勝つ、という戦い方ができるのだ。

 そんな存在を邪険に扱うなど……


「ヴィン王国は無能の集まりなの?」

「無能、無能って言わないでよ。そりゃ、帝国に比べれば教育の質は落ちるけどさ」

「教育の問題じゃないと思うんだけど……」


「とっ、とにかくこれで、シフはあなたの面倒をみなくてよくなった訳よ!」


 ほら、とっとと、どっか行きなさいよ。

 私が無能なおかげで、あんたは捕らえられず、帝国に戻れるのだから感謝しなさいよ。

 などと、自分で自分を無能と言うアール様。


 まあ確かに、帝国皇女というレアカードをタダで手放すのだ、そりゃ、為政者としては無能と言わざるを得ない。

 ただオレは、そんな無能なアール様は嫌いじゃないかな。

 きっと、彼女に付いて来ている騎士たちも同じ思いなんだろう。


「なんで……? 私は一度シフに殺されたのよ、だったら生涯、面倒を見るのは当然じゃな~い?」

「はあ……!? どうしてそうなるのよ、シフは私とこれから王国へ戻るのだから」

「残念ね、私たちはこれからスリフィの故郷に戻る予定なの、そこでひっそりと暮らしていく予定よ」


「あら、奇遇ね、私もそこへ戻る予定なのよ」


 どうやら、アール様の左遷された先がスリフィの故郷、テンスール村だったそうだ。

 もしオレが戻って来るならココだろうと、自分からその場所への左遷を申し出たらしい。


「いきなり王女様が部下になるって……父さんと母さんが腰をぬかしてそうだね」

「確かに」

「まあ、とにかくさ、まずは村に戻ってから考えようよ、ココじゃ落ち着かないし」


 という事で開拓村テンスールに戻って来た。


 それからしばらくは、平和な日々が続く。

 しかし、どうにもファニスの様子がおかしい。

 魂が抜けたかの様に、日がな一日、ボ~っと空を眺めている。


「何もかも失って、生きる気力もなくなっていそうだね」

「そうだなあ……なんとか元気づけられないものか」

「先生さえ協力してくれたら、ボクが一発で元気にしてみせるよ?」


「まあ元気になるのなら……」


 と言ったのが、全ての間違いであった。


 そう、この世界は貞操観念が逆転している。

 そんな世界で女が一発で元気になる方法。

 うん、まあ、そうくるわな。


「なによ? こんな場所へ引っ張ってきて」

「ヂュフフフ、良い物を見せてあげようと思ってね」

「気色の悪い笑い方ね、いったい何を見せてくれるの」


 そう、オレが風呂に入っていると、壁の向こうからそんな声が聞こえる。


「えっ、えっ、ちょっ、コレ……!」

「フッフッフ、どうだい? 先生は風呂に入るとき、前を隠したりしないから、ばっちり全部がまる見えなんだよ!」


 普通の男性は、風呂に入るときに手拭いであそこを隠すらしいが、オレは前世の癖でタオルは湯船につけない。

 マナーですよね?


「しかも、見られていると気づいても気にされない」

「えっ、バレてるの、ダメじゃない!?」


 まあ、良いけどさ。

 別に裸を見られるのぐらい、大したことはない。

 それで元気になるのなら、いくらでも、は、言い過ぎだが、多少は多めに見よう。


「という事で先生、そっちに入って行って良いですか?」


 入って来るつもりかよ。


「ちょっ、あんた、何を言っているの!?」


 まあ、しゃ~ない。

 今回だけだぞと言って招き入れる。

 それが、彼女の性癖を歪める事になるとは露程も思わずに。


 やった~、やっぱ先生はチョロイや。と言いながら素っ裸になったスリフィが入って来る。

 いや、貞操帯はついているな。

 そのあと、おずおずとファニスも入って来る。


「うわ、この石鹸、泡立ちが凄い……王城のより凄いんじゃないの?」

「ふっふ~ん、うちの自慢の一品だからね! つって先生、また泡で隠している!?」

「まあそう言うな、ほら洗ってやるから」


 3人で仲良く洗いっこする。

 途中でファニスが鼻血を吹くというハプニングはあったが、まあ、風呂場だし問題ない。

 回復魔法だって使えるしね。


 そうして風呂桶に入ろうとしたとき、


「おっしゃファニス、今だ、一緒に入るよっ!」

「えっ、うぇえっ!?」


 ファニスを抱えて一緒に入って来るスリフィ。

 3人が入れるようなスペースがないのでぎゅうぎゅう詰め。

 ふへ、フヘヘヘ……と天国に居るかのような表情を見せるスリフィ。


「いや~、狭いから仕方ないよね、いや~、ほんと不本意だけど、くっつくしかないよね。ヂュフフフ……」

「そ、そうよね、仕方ないわよね……シフの体って結構、硬いよね? もっと男性は柔らかくてフカフカしてるのかと思ったけどぉ」


 まあ、オレは肉体労働しているからな~。

 こないだなんて死ぬ気で走ったぜ。

 貞操観念逆転世界なんだし、もう少しお淑やかに暮らしたいものだ。


 なお、筋肉質な人はこの世界にはあまり存在しない、なぜなら……

 世の女性は、魔法で身体を強化するので、筋肉をあまり使わない。

 男性で肉体労働する人はほぼ居ないので、筋肉をあまり使わない。


 オレぐらいじゃね、体を鍛えている人間て。


 あと、どさくさに紛れてスリフィが変な所を触って来る。

 止めろと言って、手を取ると、実はファニスの手でござった。

 えっ、お前まで何をやっているの?


「え、えへへぇ……いや、ほら、そっちも硬いのかなって」


 悪びれもせず、そう答える。

 そう、この時、彼女は目覚めてしまったのだ。

 そっち方面に。


 それからも、徐々にスリフィに影響されて、エロガキが二人になりました。


 最近では落ち着いて風呂にも入れやしない。

 一回だけだと思ったら、毎回、このような問題をおこしやがる。

 良いからパンツ返せ。


「ファニスが何やら白い物を持って、自室に入るのを見かけました。多分ベッドの下」

「あっ、裏切りものっ! 今日は私の番だって決めたのはあなたじゃない」

「だから、ちゃんと替えの下着を用意しとけって言ったじゃん。バレたのはファニスのせいだよ!」


「ふたりとも~……!」


 リューリンちゃんの雷が二人に落ちる。

 物理的に。

 二人ともプスプスと煙をあげながら突っ伏す。


 残念天使と残念元皇女。


 とまあ、こんな日常だが、命の心配せずにすむ分だけまだましだ。

 ここ1年ほどは平和な毎日が続いている。

 どうか、これからも、そんな平和な日々が続きますように。

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